河童が貯金箱になった理由(わけ)

昔・・・むかし

今から250年ほど昔のことじゃ・・・。

飛騨の国の山奥の

そのまた山奥のことじゃった。

 

人ひとり来ぬような

そのまた山奥に

昼も夜も

緑に輝く沼があったとさ。

 

鬱蒼とした樹々に囲まれた

蛍光グリーンのような緑の沼は

結構でっかくて、そうさなァ・・・

東京ドーム10個分の大きさは

ゆうにあったんじゃ。

 

こんな大きな沼も

人里からは随分と離れておるし

ここまで入り込むには

ケモノ道一本ないため

だあれも知らん

秘密の沼じゃった。

 

沼の真ん中に、丁度

そうじゃな・・・

ピッチャーズマウンドあたりに

ピラミッド型をした石の島が

ボコーンとひとつある。

なんといったかのぉ・・・

磁力を持った石でのぉ。

その上で河童が一匹

日がな一日

仰向けになって寝ておったんじゃ。

 

河童はボーンヤリ

青い空を見つめておった。

心の中は空っぽで

実はとても

寂しい気持ちだったんじゃわなァ。

なんぼ考えても虚しゅうて

心の中に

ポッカリ穴が空いたような・・・。

よほどショックな

事件(コト)があったんじゃろうのォ。

現代では、河童の存在など

信ずる人は数少ないじゃろうなァ。

アニメや漫画で知ってはいても

この目で見たという話は聞かん。

空想の生物、或いは

地球に侵入した異星人(エイリアン)の

解説がつけられてしまうのが関の山。

しかしなァ、2百年、3百年昔には

見た人も意外に多い。

河童と出会ったり、交流した話は

古文書にも、うなるほど残っておる。

河童の絵も

北は青森から南は沖縄に至るまで

全国各地に残されとるんじゃ。

何故か北海道だけは

出現していないのが不思議じゃが

きっとあんまり寒い所は

嫌いなんじゃろ。

或いは、泳ぎは得意でも

海水が不得意で、津軽海峡を

越すことはやめたんじゃろ。

昔のエピソードが、択山ある以上

やっぱりなァ・・・

河童はトキのように

絶滅してしまったのか

或いは、人間社会と決定的に

断絶せざるを得ない

何か大きな原因があって

我々には、河童が居ても

見えない存在に

なってしまったのかも知れんのじゃろ。

もっとも、昔も

河童は特殊な存在ではあった。

体は子供ほどの大きさ。

水棲で、鳥のようなクチバシ。

緑色のヌメヌメした皮膚。

頭に皿があり、ここに貯えた水が

エネルギーと生命のもと。

頭の皿を割られたり

水がこぼれたりすると

急に弱くなり

死んでしまったりもする。

この辺りが、エイリアンに

酷似していたりもするんじゃな。

日頃は魚を常食とするが

キュウリは大好物。

いつも明るく元気で

いたずらも大好きだが

ひとたび怒ると

人や牛馬の生肝を抜きとったり

水の中に引きづり込んで殺す

という凶暴性を持つ魔物・・・

怪物と思われておったらしい。 

河童には、独自の生活体系や世界があり

人間とは接触(コンタクト)しないよう

交流しないようにしていたようじゃが

どんな社会でも生き物でも

オッチョコチョイな奴や

好奇心冒険心いっぱいの輩(ヤカラ)が

一匹や二匹はいるのが世の習い。

 

遊び心で、人間の前に現れたり

人にイタズラしたりして

チョコチョコ発見される。

そんないくつかの事件が

エピソードとして

今に伝わっておるのじゃよ。

それが、絵や話として

残っているんじゃろうなァ。

やっぱり河童は

間違いなくいたんじゃわなァ。

 

話を戻そう。

池の浮島で寝転んでる奴のことじゃ。

この河童が、悲しさを通り越して

心が空洞になる理由は

実はこうなんじゃ。

 

人間の寿命は

最長でも120歳前後・・・

まぁ一億人にひとりぐらいしか

おらんがのォ。

平均寿命の長い日本で80歳。

短い国では40歳とすれば

人生50年というところじゃろうか。

ところが河童は、200歳が平均と

言われておるんじゃ。

生命機能がカッパツなんじゃわなァ~

カッカッカッ。

 

好奇心旺盛なこの河童は

山奥から遠く離れた人里まで下りてきて

時々出没しては、人間を観察するのが

大好きな奴じゃった。子供っぽい性格で

イタズラも遊びも大の大好き。

畑のきゅうりも大好物で

夜中に盗んでは

グルメを楽しんでもおったんじゃ。

人間に見つからぬこと、目立たぬことが

河童世界では憲法のように

大事な第一原則の掟じゃったからのォ。

いつも長老たちから注意され

叱られとったんじゃがのォ。

人間はやってはいけないと言われりゃ

やらぬ人が大半だ。

だがのォ、やるなと言われると

ムラムラしてやっちまう人種も

数パーセントいるじゃろ。

こやつも、そうじゃった。

 

村が寝静まった深夜

田んぼの畦道やら、人家の軒先を

踊るように走り回り

覗き込んだりするのが

なによりも好きじゃった。

まぁ河童世界におけるヤンキー

暴走族、或いはオタク

だったんじゃろうなァ。

 

3ヶ月ほど前、オタク河童は

夜遅く人里に現れ

きゅうりを数本盗み食い。

もうご機嫌で、村中を走り回っておった。

村のほとんどの家は寝静まっており

人っ子ひとりおりゃーせんのじゃもん。

満月の光に照らされた村の景色は

そりゃー素晴らしいもんじゃった。

貧しい農民の家が

ソコココに建っており

山の端まで続く水田には

満月が何個も映っておるんじゃあ。

きゅうりを口にくわえて

ルンルン気分で走り踊る河童の目の中に

10mは続く、白壁の

立派な塀が拡がった。

 

「こげな立派な家は

 庄屋さんの家だな。

 そういや、庄屋の屋敷の中は

 一度も見たことがなかったわ! 

 どんなに立派なんじゃろかなァ」

 

河童の中にムクムクと

好奇心がわきあがったんじゃあ。

「そうだ!

 京都に行こう!

 じゃなくて

 庄屋ん家へ行こう!!」

 

河童は決心して、ピョーンと飛翔し

白壁の土塀の上に乗った。

その一瞬、大きな座敷から張り出した

デッカイ縁側に登り

空を見つめている少女が見えたんじゃ。

年の頃は10歳前後

御所人形のように色白で

おかっぱ頭のその少女と

ドンピシャリで目線が

あってしまったんじゃ。

 

見つめあうふたり・・・まぁ・・・

一人の少女と一匹の河童が正しいかな。

キャーッとかワーッとか

少女が悲鳴をあげれば

河童も反射的に逃げたんじゃろうが

少女はニコッと笑ったんじゃ。

しかも、恐ろしく

寂しげな笑い顔なんじゃ。

河童の心の中に、ホワーンと

なにかあたたかく切ないものが拡がったんじゃよ。

一目惚れというのとは

チョットばかし違う。

運命の出会いというには大げさすぎる。

なんとない興味と、あたたかい糸が

ふたりを絡めたようなもんじゃろ。

 

河童の神通力で見て、その少女が

心になにかを抱えているということを

一瞬にしてわかったんじゃ。

きっと少女から見ても、一瞬にして

この異形なものが、己になにかを

もたらせてくれると

思ったんじゃろうなァ・・・。

 

不思議な出会いではあったんじゃ。

一瞬にして

互いに心を許しあったのかも知れん。

河童は、ソワソワと土塀から降りて

庭を横切り、少女に近寄った。

勿論、言葉は通じない・・・が

心の言葉が通じれば

会話はなくても通じるんじゃ。

白い細い手に持った

色とりどりのお手玉を

ゆっくりと投げ上げ

ほほ笑んで遊ぶ少女。

河童もふたつのお手玉を受け取り

お互いに右に左にクロスさせて

すぐこの遊びに参加した。

 

煌々と輝く満月の下で、緑色の河童と

赤い着物を着た少女の間に

黄色、紫色、朱色や橙色のお手玉が

変化自在に飛び交う姿は

それはそれは美しい。

もうえも言われぬ

楽しいひと時が流れておった。

 

満月が徐々に欠けて

暗闇の新月になる15日の間

河童は夜毎に庄屋屋敷に通い

真夜中の3時間ほどを

少女と共に遊んだ。

月の明るい夜は

ふたりで影踏みをしたり

五色の髪風船で遊んだり

赤い色をお互いの両手で交差させて

あやとりに興じたりと

思いつく限りの遊びを

ふたりとも夢中でしたもんじゃ。

深夜のふたりのゲームは

誰に見とがめられることもなく

毎夜、いつまでも続いたんじゃ。

満月が2回繰り返される間

つまり2ヶ月を越しても

ふたりだけの煌めきの時間は

黄金色の輝きを増しながら

続いておったんじゃ。

好きなものが

好きなことを共有する時間・・・

それこそ至福の姿なんじゃろうな。

河童にとって

きゅうりの盗み食いやイタズラよりも

それはとても大事な時間であり

遊びや仕事を超えた

究極の時間とも言えた。

 

悲しく切ないことに、毎夜

その時間が終わるたびに

一歩・・・一歩と

少女の体力やエネルギーが

消耗していることが

河童にはわかった。

 

少女の優しく美しい瞳の光彩が

日に日に弱く柔らかく

なっていくのじゃからなァ。

 

昼間、緑の沼の浮島で

河童はウトウト眠りながら考えた。

元気一杯の河童のエネルギーは

ほとんど疲れを知らない。

少女の家まで、片道6里(24km余)

往復50kmは

フルマラソンの距離以上。

人間なら、とっくにぶっ倒れているが

河童にとっては何ほどのことでもなく

まさにヘのカッパ。

辛いのは、少女の残された時間である。

もし、深夜の遊びをやめれば

少女は疲れずに

長生きできるのか・・・。

寿命200年の河童から見て

10歳をもってこの世を去ることが

どういうことなのかわからないが

もはや、なす術はなく

別れの日は近い・・・

あまりにも近い・・・。

 

この2ヶ月・・・

ふたりの間に交わされたほほ笑み・・・

そして濃密で充足された

時間(とき)の輝きが

なくなっていくという現実。

 

人はこの世を去ったら

何処へいくのか?!

190年の後、河童がこの世を去る時は

何処へいくのか?!

 

答えのない答えを求めて

河童は仰向けになって

空を見つめるだけじゃった。

林の間を抜け

山間を走り抜けながら

河童は妙に胸騒ぎがした。

 

満月の中を、全力疾走で

渾身の限り走り抜けた。

 

ピョーンと土塀の上に

いつものように飛び乗った一瞬

視界に拡がる美しさと

そして哀しさが

突風のように襲ってきた。

 

十畳を越す青畳の座敷と

広い縁側にかけて

紫色の着物に身を包んだ少女が

息絶えている・・・だが、かすかに

指先はゆっくり動いている・・・。

うつ伏せの姿は、天女が空へ飛ぶ

テイク・オフの姿にも似ている。

少女の大きく拡げた両手は

翼のようであり、左手から頭

そして右手にかかる半円形の中に

色とりどりのお手玉、千代紙

あやとりの鮮やかな色など

数種の遊び道具が扇型に

数個の世界となって並べられている。

 

大きく天空に拡がる花火のように・・・

上から見て

少女の最後の華麗な構図・・・

これほどまでに美しく

切なく悲痛なものは

見たことがない。

 

恐れていたその時が

遂にきてしまったことは

河童に痛いほどわかった

心は張り裂け、体中が悲しみで

爆発しそうだった。

白壁から飛び降りて

少女のもとに寄り添う。

細い・・・あまりにも細い彼女の指先に

緑色の手の掌を重ねた。

河童の目からポタポタ涙が溢れ

少女の紫色の優雅な着物に

水玉の模様を描き加えていく。

血の気を失い

すでに冷たくなりはじめた。

少女の手から、河童の手・・・

そして心へ・・・意識が

流れる細い川のように

入り込んでくる。

 

「あ・り・が・とう・・・」

一文字一語が、暖かい小さな玉のように

河童の心の中に流れ込む。

 

体を固くして、思いっきり息を止め

河童は己が心の中から

懸命に少女へ意識を逆走させる。

顔が赤黒くなるほど

力を入れて送り込んだ。

 

「必ず逢える・・・

 きっといつか・・・

 きっと! 

 ボクこそ

 あ・り・か・とう・・・」

 

緑の掌で

白い華奢な少女の指を握りしめた。

少女の心に、かすかながら

メッセージは届いた。

ピクッと指先が

そしてやつれた彼女の横顔に

少し赤みが増し

フーッと息を吸い込み

コクンとうなづく。

 

それがすべての終わりのしるしであり

はじまりのしるしだった。

 

 

 

むかしむかし

あるところに

河童の貯金箱を

大切に持っていた

少女がおったとさ

 

 

 

〈おわり〉


「河童が貯金箱になった理由(わけ)」を

お読み下さいまして

ありがとうございました。

 

お読みくださったあなたに

少しでも

勇気希望

お届けできたら嬉しいかぎりです。

 

 

   ~感謝を込めて~

 未来メディアアーティストMitsue