縄文の風の中 

  〜この緑の中へ

その頃ぼく達は

の流れ(メロディー)の中に

生きていた。

風の心、風の流れを知ることが

人生のすべてだった。

動物を倒し

狩猟で糧を得るということは

風が命なのだ。

捕まえたい獲物の風下に立ち

ヒタヒタと追いつめる。

ふとした気まぐれで

風向きが変わる。

偶然であれ

我々が風上に回ってしまうと

敏感な奴らは

一目散に逃げてしまう。

5日も6日も追跡した末

あと十数メートルで

打ち倒せるというその瞬間に

風のいたずらですべてを失い去る

苦い経験も度々した。 

夏草がうっとおしいほど生い茂り

我々の行く手を

緑で埋めつくしていた。

見渡す限りの大草原だ。

緑の草は我々の腰丈を

はるかに超える高さがあった。

振り返れば

我々の棲み家のある山々が

夏の雲に覆われて

はるか遠くに

ぼんやり眺められる。

八ヶ岳連峰と

今はそう呼ばれている

聖なる山。

およそ4万年前に

八ヶ岳は突然の地殻隆起と

火山の大爆発によって出現した。

日本を代表する

雄大な富士山ですら

未だ地平線上に影も形もなく

アジア大陸と日本が

地続きであった。

そう…太古の時代のことだ。

紀元前5万年

縄文時代の初期。
ボク達は
こうして草原を走り
大トナカイやナウマン象を
追い続けた。
幸い奴等を打ち倒すと
腹一杯にそれを食らい満腹し
歌い踊り舞う。
そんな生活を
送っていたのだ。
この頃は
氷河期と氷河期の間
いわば間氷期と呼ばれる頃。
至極穏やかで、草木も動物も
たおやかに育っていた
時代である。

氷河期は、その言葉と文字面から

マイナス50度近い極寒の限界状況。

人々は洞窟の奥に

震えながら身を潜ませ

体を寄せ合って

寒さをしのいでいたように

考えられているが

それはまったくの誤解なのである。

確かに

アジア・ユーラシア大陸の中央部や

北極に近い地域は

現在の何百倍もの大量の氷に

覆われた極寒の地であった。

とても人など棲める場所ではない。

地質学とコンピューター分析の

進歩で現在わかったことがある。

例えば、日本という地域に限って言えば

20世紀の年間平均気温は

現代よりも6~10度ほど低い。

南の九州あたりが

東北から北海道南部と

同じ寒さであったと思えば

わかりやすい。

むしろ、間氷河期のデータを見れば

現在の気温より

やや高めの時すらあるのだ。

1950年代

戦禍で荒廃して戦後の焼け跡で

日本人はすきま風の吹き込む

木造バラックに住み

ろくな暖房もない冬を過ごしていた。

おそらくあの当時の寒さは

氷河期より厳しく

時には数段寒かったと思う。

我々は
棲み家をあとにして
約4日間
大きな獲物を狙って
歩き続けた。
この年は、気候温暖で
植物の成育も早く
餌となる動物も豊富である。
何年か続いた飢餓が
まるでウソのようだ。
歩きながら石を投げても
鳥や小動物を
手当たり次第打ち倒し
自由自在に食べられる。
そんな夢のような
日々であった。
しかし
我々は厳しい冬に備えて
手に入れるべき
もっともっと凄い奴に
思いを馳せた。

我々はと言ったが7人1組チームで

3ヶ月分の干肉が楽に得られる

ナウマン像狩猟隊を編成していた。

普通サイズを倒すなら

7人1組編成で充分だ。

少し手強い超500キロ級の相手だと

13人1組という編成になる。

全員でヒタヒタと包囲して

3人が右手3人が左手から

崖の方向へ追い立てる。

追い詰められたナウマン象は

必死で逃走し

崖で行き止まった瞬間に

はるか数十メートルの崖の上から

リーダーが20キロを越す

大きな石を抱えて

ドカーンと

ナウマン象の脳天に

一撃で撃砕。

ビルの4階から

20キロの石を落とせば

確実に頭が割れる。

100キロ近い重力が加わるのだ。

その一瞬

両サイドから

石の槍でメッタ刺しで

ナウマン象は一巻の終わりである。

13人チームの場合は

両翼を6人ずつで攻める

と言えば簡単だが

攻撃が始まった瞬間から

ナウマン象は

当然、狂気の大暴れ。

左右へ逃げようと

全力で我々に体当たりする。

大人しく追い詰められて

撲殺される

素直な性格のナウマン象など

勿論いない。

毎回の狩猟で

何名かが無残に牙にかけられ
踏み潰されて犠牲になる。
犠牲にならないまでも
大怪我する場合も多い。
大怪我は犠牲と隣りあわせだ。
医者や医療が皆無の時代
回復しない病人や怪我人は
みんなの暮らしに
迷惑かける余計者と
誰もが知っていた。
かすり傷や
軽い骨折以外の重傷者は
自ら去ることを選ぶ。
少なくとも
500キロの巨体に踏まれ
命はあっても重体の場合は
その場で去ることもある。
怪我人は
我々の英雄である。
その英雄の体を
食べることによって
我々は凄まじく強いパワーと
気高い闘争魂を
引き継ぐことができるのだ。
誰一人として
そのことを疑ってはいない。
それが常識。
至極、当たり前と思っていた
時代なのだ。

個人という概念が

今ほどにはなかったかもしれない。

人々は

隣あった細胞の組織のように

一つのテーマへ向かい

一丸となって進み動いた。

個人一人一人の

生病老死や喜怒哀楽には

まったく無頓着。

ましてや

ひとり個人財産や

各々の地位名誉などに

思い至る人間など

一人もいなかった。

言葉という表現も

頭の骨格や

顎の骨も違い

音にちかい発声しか

できなかった。

母音だけでできた言語。

子音の少ない

叫びにちかい言葉で

感情を表現し

気持ちを通じあわせていた。

多分、それ以上に

言葉に頼る必要もないくらい

意識と意識

魂が呼びかけあって

動く社会だったように思う。

団結とか
チームワークという言葉は
本能的、あるいは
意識のコミュニケーションが
できなくなって
生まれたのだ。
縄文時代は誰もが
なにも考えなくても
瞼が上下して
まばたきできるように
あるいは
息を吸ったり吐いたり
できるように
我々はいつも
連絡しあう意識で
動いていたのだ。
個人の財産がないように
名前とか自己という認識も
極めて薄い。
ひと仕事する時に
お互いの心で呼びかける
符、または、サインはあった。
アモ、カナ、ヤホ
ミムム、ワモ、タマ
と意識で呼応しあう
呼び名のようなものは
存在したが
それは
ひとりひとりが出す
呼び声の特徴から
決まっていた。
ボクは
オモと呼ばれていた。

とうとう奴等と対決する時が

目前に迫った。

風の中に彼等の群の匂いを

うっすらと嗅ぎとり

迷いながら4日間

追ってきた甲斐があったというものだ。

 

300mほど先に

ナウマン象の家族4頭が見える。

600kgの巨大な父象をやっつければ

母象は逃げても

子象2頭で3頭は手に入る。

思わずよだれがこぼれそうな

美味しい仕事である。

 

リーダのアモの作戦司令が

チーム全員の心に

電流の如く激しく突き刺さる。

ボクは2人のチームと共に右サイド

ヤホたち5名が左サイドからの

攻撃となった。

 

草の中を、正面200mの崖に向けて

素早く風下へと、アモは走り抜けていき

意識のかけ声を、打ち込んでいく。

キーボードで文字を打ち込むと

モニターに文字が現れるように

我々の心の中に、鮮やかなリーダーの

意識が印字される。

 

そうなのだ!

 

魂のタイピングが心のモニターに

正確に打ち込まれるのだ。

 

 

「我々はかつて

 だれもがやったことのない

 偉大な挑戦をしたい。

 600kg級の大物を

 7人チームで襲撃したことはない。

 最低でも13人チームの仕事だ。

 だが今回ばかりはやってみよう。

 魂をひとつにして、象の肝を覗こう。

 ほら、体は大きいが

 稀にみる臆病者だ。

 今こそ一丸となって、祖父も父も

 偉大な先祖様誰ひとりとして

 出来なかった大記録に

 挑める日がきたのだ。

 我々なら出来る!

 子供や孫たちに語り伝えられる

 素晴らしい狩の物語を

 今こそ打ちたてるんだ! 

 いいな!!」

 

アモは魂のネットワークで

我々に語り続けつつも

もう崖の中腹までスルスルと

猿のような身軽さで登っていた。

「お〜アモよ。
    我々も同じ気持ちさ。
    子供たちに伝えるべき
    壮大で偉大な物語の
    スタートだ」
と返事をしながら
左右に分かれて
草の中に伏せつつ
ジリジリと前進する。
ナウマンはもはや
目前50mの射程にはいった。
崖の上に立つアモが
普段の1.5倍
30キロはある巨石に
膝を立て
GOサインを出した。
風上からの
アモの臭いを嗅いだのか
直感で危機を察したのか
一瞬、父親
大きく耳をパタパタさせる。
何度もだ。
耳から放熱しているのだろうが
その瞬間
左右からナウマンを包囲し
我々は草原に
スクッと6人が立ち上がる。
肩につけた
直径10cmくらいの
小太鼓を力一杯叩いた。
トントトン
タンタタン
トントトン
タンタタン
八分の六拍子で
正確にリズムが
右から左から呼応。
さながら脅迫の行進曲の
ドラム隊を響かせつつ進む。
円の中心に
4頭のナウマンを追い込み
6人が迫ってつめていく。

トントトン

タンタタン

 

生と死を賭けた

確実なリズムが

草原の風にのって

遠く近くに流れていく。

 

ピーピーッピピ

ピーピーッピピ

 

崖の上のアモが突然

巨石にに足を置いたまま

オカリナのような土笛で

勇壮だが

どこか哀しげな

メロディーラインを

思いっきり高音で

唄いあげる。

ナウマン象にとって

この世で聞く

最後の葬送行進曲の

クライマックスに。

我々にとっては

大勝利と

史上最高の伝説を想像する

勇気に満ちた曲となろう。

一歩間違えば

逆に我々全員の

凄絶な敗北と

死の曲にとなり

ナウマン象にとっては

人間壊滅の

テーマ曲になりかねない。

その可能性も

紙一重の差で

存在するのだ。

7人の意識の中には

失敗のシの字すらなかった。

突然に

大草原に鳴り響く

笛と太鼓のリズム。

己を包囲した

6人の嫌らしい

敵たる人間。

妻と子供達に

 

「オレにまかせてくれ」

 

とサインを送り

振り向きざま

凶暴・凶悪の

百獣の大魔王に変化した。

 

ウ・・ウォーン

 

と、長い鼻を天高くあげて

 

ドドドーッ

 

と前へ進む。

 

トントトン

タンタタン

 

太鼓の音も

高く大きく

我々は全力で

ナウマン象を追い

崖の方へと追いつめる。

アモは
勇壮で高くあえぐような
笛の音を
息の続く限り
吹きあげ
終わるやいなや
ポーンと
笛を己が後方に
投げ捨てた。
アモは
この日、この時
この一瞬のためにこそ
自分はこの世に生まれ
今日まで
生きてきたのだと
心の底から確信していた。
それは歌舞伎の
ミエをきるが如く
決意のポーズとなった。
20mほどの断崖の上で
アモは真っ正面に輝く
太陽の光を全身に浴びて
今や至福の中にいた。
身長140cm、体重36kg。
現代の日本人に較べて
縄文人はふたまわり
小柄であったとはいえ
アモは
一族の中でも
体格は大きいほうだった。
眼下の
緑一色の草原の中に
仲間たち6人が
円陣を組んで立ち
8分の6拍子の
太鼓を叩き
渦潮のように
中心に向かって切りもみ
巨大なナウマン
追いつめていく。

怒りに発狂しながら

600kgの巨

今や自分の眼下に

猛スピードで

つつ込んでくるではないか!!

 

8歳の春

このゲームに初参加した。

それからは

年に数回

一族全員の腹を満たすため

そして勿論

戦いの幸福感を求めて

男なら誰もが誇りを持ち

やり遂げるべき

崇高にして壮絶な

【狩猟】というゲーム。

最悪の気候である厳寒のため

狩猟はたった一度しか

できない年もあった。

ただ一頭の獲物で

細々と

ひもじい中で暮らした

あの年の冬は

いかにも辛かった。

食料の不足は

いつも弱者にしか

影響を与えない。

忘れもしなし10歳の年

一年中氷に閉ざされ

外へ一歩も

出ることができず

動物の姿も

視界から消え去り

たった1回の狩の獲物は

小さな鹿だった。

その肉の量では

雑草や草の根などを

必死に探し食べても

皆、飢えて瘦せ細り

年寄りや赤ん坊と

弱いものから

命を落とすこととなった。

多くの一族が

バタバタと餓死し

アモの4歳年下の

弟アミが

骨と皮に変わり

夏にこの世を去った。

生まれたばかりの

未だ名前も手にしていない妹は

10分ともたずに

この世を去った。

一族の中で

老人と子供たちが

骨と皮のように痩せ衰え

18人もこの世を去った。

アモ自身も腰が抜け

空腹で立つこともできず

枯れた草原を

虚ろに眺め続けた。

あの時の体の痛み

空腹の気の遠くなる激痛は

今でも時々

夢に現れうなされる。

しかし

その後の4年間は

奇跡とも言える

豊かな実りの年が続き

一族の笑顔が

眩しいほど輝く日々の

連続だった。

1年に
5回も6回も
狩猟ができ
500kgを越すナウマン
さらにその子
柔らかい肉を
うなるほど口にできた。
莫大な成果だ。
肉を干し、あぶり
住みかの洞窟が
肉の臭いで充満し
さすがに吐きそうに
なるほどだった。
朝、目覚めて
手を伸ばし
肉をつかみ
口に入れる。
まさに
信じ難い大豊猟。
夢のような
日々だった。
人々の顔は
幸せに満ち
一族に赤ん坊が
次々と生まれた。
4年前に
餓死した人々の数を
遥かに超える子供たちが
足許を這い回り
一族は皆
笑顔に満ち溢れていた。
それから10年
アモは22歳になっていた。
8歳の狩猟デビューから
14年間を通して
55回の実践に参加した。
男らしい先輩の戦いに
最後尾で着いていくのが
やっとだった少年時代。
戦術と技を覚え
皆から誉められた日々を
思い出す。
7人チーム
13人チームの
戦い方、パターンの差を
的確に覚え
あらゆるポジションを
たっぷり経験した。
今では
どのチームでも
どこのポジションでも
やりこなせる自信に
満ちていた。

ラッキーだったと思う。

共に戦い

参加した仲間で

30人ほどが

ナウマン象の牙にかけられ

踏みつぶされていく姿を

目の前で

何度も見ることになった。

大怪我をした仲間の頭を

その場で石で割り

名誉ある死を与える時も

目を見開き

脳裏に焼きつけた。

その勇者の

遺体と勇気を食べることは

祈りであり

勇気を抱く

重大な儀式なのだ。

アモは

いちばん可愛がってくれた

2歳年上のワオから

技のすべてを教わった。

ワオは元気一杯

いつも

 

「ワオーワオーッ」

 

と叫びながら

走る回るのがクセの

陽気なヤツだ。

地面に叩きつけられた時も

血ヘドを口から吐きつつ

 

「ワオーッ」

 

と笑った。

アモは咄嗟に

思いっきり大きな石を掴み

ワオの顔面に叩き込んだ。

グシャッという音がして

ワオの顔は血の中に砕けた。

 

「ワァオ・・・ッ」

 

と断末魔の声をあげ

アモを見て

血の肉の塊になってまでも

ほほ笑んでいたワオ。

その肋を

思いっきり切りとり

ついた肉をしゃぶってやる。

 

誇り高き陽気であったワオよ!!!

俺はワオを越す勇者になる!!!

俺は必ずなれる!!!

 

アモの体の中に

ワオの血と肉と勇気が

ドクドクドクと音をたてて

体中に流れ込むのがわかった。

アモは崖の上で
今までの55回の戦いを
すべて復習していた。
頭の中で全データが
この一戦に向けて 
フル稼働する。
知りうる限り
これまで餓死した
数十人の人々の死に顔と
戦いの中で犠牲となった
30人以上の
壮絶なる勇者たちの
ひとりひとりのイメージが
今こそ
全身の中に
巨大なエネルギーとして
フル回転し
息づいていることを
再確認した。
天空から
己に光を与えてくれる太陽を
今一度見つめ
史上最大にして
最高の伝記となるであろう
600kgのナウマンの巨体を
静かに見据えた。
あと5秒の後に
縄文史上
脅威の狩猟新記録が
誕生することは
99%間違いない。
「オモ!
   左へ突っ込め!!」
「ワナは右へ進む!!」
魂のネットワークで 
指示を飛ばし
チームは鬼神の如く
正確にどう猛に動いている。
30kgを越す巨大な石を
両手に抱えた。
あとは3カウント
数えるのみだ。
その瞬間
予想外の大きな力が働いた。
目前の展開と動きが
グラリと変化した。

ガオーン

 

ナウマン象は右へよれて

膝はつくように倒れる。

この空前の窮地に

草の塊に

足をとられて転ぶ。

ボグッと鈍い音がして

ナウマン象の右足が折れた。

 

ガオオーン

 

激痛でバランスを失い

死に物狂いで大暴れする。

ナウマン象の鼻が

巨大に振り回され

右サイドの1人が

ドガーンと吹っ飛ばされ

10m飛んで

大地に叩きつけられる。

左サイドから

石槍が突き出された瞬間

怒りに満ちたナウマン象が

ドガガーッと

方向を変えて

左サイドへなだれ込む。

鋭く曲がった怒り牙に

グサーッと

ヤホが深々と背中まで

串刺しにされて

腹が割け

血をバケツ2杯も噴出する。

 

わずかなタイミングの差

バランスの変化

攻撃直前の

予想外の展開。

ヤホとカナが

石を抱えたまま

一瞬にして

この世を去った。

 

2人の真っ赤な血潮で

草が染まっていくのを

見つめるアモ。

 

フーッと

大きく息を吐き出し

アモは鋭く決断する。

 

「距離が5mほど足りない・・

 だが、俺は

 縄文の魂と歴史の

 すべてを背負って

 今ここで

 鳥になってみせよう。

 この日この時のために

 生きてきたのだから。

 記録を塗りかえるために。

 伝説の一族として

 この魂が

 未来永劫

 戦い続けるために・・な」

 

体内すべての血潮が

ピタリと動きを止めた。

30kgの石の重さは
全く感じない。
まるで
身体の重さは
羽一枚のようだ。
フワ〜ッと
輝く太陽に向かって
アモと巨石は
ひとつになり
遠く大きく飛翔した。
かつてこの世で
誰もがみたこともない
大きな鳥が
崖の上から
飛び立ち
大空へ飛翔した。
オモは
ぬけるような青空と
岩から飛び立つ
大きな鳥を見ていた。
下の草原で
棒立ちとなって
アモが石を抱いたまま
巨体な鳥へと
メタモルフォーゼするのを
この目で
しっかりと見ていた。
目の前に
2人の猟友が
血ヘドを吐き
この世を去り
赤い血潮が草をみるみる
血のりで染める姿を見て
一瞬
息詰まり動揺もしたが
次の瞬間
スッカーッと
空気が澄み渡り
鳥の羽ばたきを
見たのだ。
高さ30mの断崖から
15mの水平距離を
大滑空して
直角に落下。
グワッシャーン
次の一瞬
暴れるナウマンの脳天へ
一丸となって突撃した
アモと巨石の姿が
そこにあった。

グオッと鈍い鼻音の中で

ナウマン象の頭蓋骨は四散して

脳みそが辺り一面へ

噴水のように飛び散る。

ズサーンと地響きをたてて

奴は倒れた。

それは即死だったが

さらに信じられぬ光景が

無残にも目前に展開した。

倒れたナウマン象の牙と

大きく割れた石に挟まれて

アモも血反吐を吐き

腹部はズタズタ

助からぬ残状。

背中から牙が

胸にまで突き刺さり

10kgの石が

アモの下半身を

血だらけに粉砕した。

オモは

しっかりとその光景を

脳裏に焼き付けた。

これこそ

一生忘れてはならない

決定的シーンだ。

7人で600kgのナウマン象を

倒したという事実。

その伝説の継承者として

語り部の責任として

この映像こそ

忘れたはならぬ・・・と。

 

1歩2歩と

オモはナウマン象に向かって

草原をかき分けて進む。

割れた石を右手に掴み

大きく振り上げるや

ズガーンと

アモの頭の上に振り下ろし、

木っ端微塵にした。

ナウマン象の牙に貫かれた

アモの胸の肉片を手で掴み

口の中に含んだ。

アモの情熱と勇気

そして

22年間の勇気とスピリッツが

口を動かす度に

体いっぱいに広がるのを

強く感じた。

 

現代社会では

当たり前のこととして

全面禁止されている

人間の食肉行為。

しかしながら、5万年前

人肉を食べるということは

この時代では

正しい儀式であり

当たり前の宗教的な行事であった。

仲間の勇気を頂戴し

死者を尊敬するという

栄光に満ちたイベントであった。

以降、それは5万年近く続く

正しい習慣だった。

世界中で
人肉を食べなくなってからは
まだ300年も経過していない。
「人を喰う」という言葉は
「バカにする」「おちょくる」
みたいな意味合いで
今は使われているが
実は、まったく逆だった。
長い間
「人を尊う」「人をたてる」
という意味で使われていた。
最大の業績だ。
小チームで
600kgのナウマン
討ち果たす記録は
樹立されたが
7人のうち
3人がこの世を去った。
楽な戦いではなかったが
悲しみも後悔も一切ない。
3つの魂が
この世を旅立ち
次の世紀へ向かって
飛び立つ。
アモが
大きな鳥になって
旅だったように。
オモを含め
残された4人が
ひとつに集まる。
を失った
と子象2頭も
捕獲するために
槍を持って突き進む。

ウォオーン

と、悲しげな声をあげて
母象と子象2頭が
倒れた父のもとへ走り寄り
必死にすがりつき
膝をついて
涙を流している。
母象と子象2頭は
動かぬ父
揺り起こそうと必死だ。
小さな鼻で体をつつき
なめまわす。

クォンクォン

オモは
石槍を構えて
子象の腹を
思いっきり突き刺そうと
身構えた。

その瞬間
世界と風景は
一変した。

我々は夢を見ていたのかもしれない。

そうとしか思えぬほど

すべての風景が激変した。

緑なす草原

ぬけるような青空

金色に輝く太陽。

 

光明な真昼の風景が

暗黒の夜に変化した。

 

降るような星の

数知れぬ瞬き。

天空は

真夜中のブルーに変わり

天の川(ミルキーウェイ)が

大きく夜空を横切る。

輝く星明かりの中に

倒れたナウマン象。

その父象にすがり泣きわめく

母象の悲しみ。

子象たちは

気丈にも父象を起こそうと

建気に体をぶつけ

 

「ねぇねぇ~お父さま

 起きてください!!!」

 

と、すがりつく

切なくも必死な姿。

夜露に濡れて輝く

一家の切ない愛が眩しい。

そして、夜の草原の中に

動かぬアモ、ヤホとカナたちの屍体も

ポワーッと明るく光り輝く。

その屍体からは

シュルシュルと

エメラルドグリーンに輝く

液体とも気体ともわからぬ霞の光が

夜空へ向けて

踊るように立ち上がっていく。

 

「オモよ・・残りし4人の仲間たちよ。

 もういい。

 これで充分だ。

 子象たちを討つのは

 もう止めなさい。

 我々7人は縄文の

 最大とも言える仕事を

 成し遂げた。

 この巨大な父象とともに

 俺たち3人は

 次の世界へ旅立つ。

 君たち4人がこの地に残るように

 母象と2頭の子象たちも

 この地に残ることが

 正しい在り方だ。

 槍を地に起きなさい。

 もはや子象たちに

 父象は返してやれないとしても

 命を残してあげよう。

 オモたちの子供が

 その子象たちと戦う日が

 必ずやってくる。

 その日のためにも

 今日はここで終わりにしよう!」

 

オモたち3人の魂から発光された

エメラルドグリーンの光からは

優しく、そして

力強い声(メッセージ)が流れ

俺たちの意識へ呼びかけてくる。

母象と2頭の子象も

耳たぶをいっぱいに開き

ジ~~~ッと、そのメッセージを

体で受け止めているのが

はっきりわかる。

俺たちは

槍を大地にソッと置き

エメラルドグリーンの魂を見つめた。

母象が立ち上がり
子象2頭を
抱きかかえるようにして
1歩2歩と草原を後に
遠くへ向かって
立ち去っていく。
3頭の後ろ姿が
ゆっくりと
我々の視界から
消えていき
夜空に向かって
エメラルドグリーンの魂は
3つのつむじ風のように
回転しながら
ゆっくりと上っていくのを
眺めていた。
 
ヒュ〜

一陣の風が
流れるように吹き
魂たちが大きく揺らぐ。
次の瞬間
カーッと金色に輝く太陽
ぬける青空
大草原が
目前に展開した。
一瞬の夜から昼への 
どんでん返しである。
父象の屍と3人の勇者の死体。
そして
ひざまづくオモと3人。
母象と子象の姿は
影も形もない。
狐に包まれたような
あまりにも幻想的な
一瞬だったが
我々は現実として
しっかりと受け止めた。
陽光に照らされた
緑の草原を風が渡り
大きく草を波うたせる。  
なんてさわやかな風なのだろう。

ボクたちは
再び
風の中にいた。

それから3日3晩は

重労働だった。

3人の勇者たちの

屍を喰らい

勇気と元気に満ち溢れる

肉体ではあったが

丸々600kgの肉の解体作業は

3日3晩徹夜で行った。

樹木を集め

火を焚いて炙り

肉の燻製を作り続ける。

棲み家まで持って行く間に

腐敗せぬよう

加工しなくてはならないのだ。

7人で600kgの肉を

運ぶのすら大変なのに

3人の猟友を失い

悔しいが4人では

とても運べる量ではない。

5m近くの穴を掘り

地底の冷蔵庫を作って

半分以上埋めることにした。

一度帰って

仲間と共に

また取りに来るしかあるまい。

 

ほとんど眠らず働いたが

大地はあまりにも硬く

穴を深く掘ることができず

苦闘の日々。

 

「変だぞ。

 掘れば掘るほど

 地の底が熱くなってくる。

 いつもなら

 もう冷たくなるのに・・・」

 

「オウ~おかしいよな・・・

 穴の中が異常に熱いんだ」

 

こんな経験は

4人とも生まれて初めてだった。

2~3m掘れば

地表に比べて冷んやりする。

かなり大変な作業ではあるが

5mも掘れば

いつだって冷たい世界だった。

肉を入れて

土をかけ

目印をつけておけば

往復20日かけて

助っ人と共に戻っても

冷温冷蔵に守られて

とても新鮮な肉を得られる。

豊猟すぎる年に

先祖が考え編み出したアイデアは

何十代も後の我々子孫にも

確実に引き継がれていた。

しかし、それが実行できる年は

10年に1回あるかないかだった。

 

大地を掘り下げれば

冷たい地中が

必ず約束されているはずだった。

ところが、掘れば掘るほど

火のように熱くなる地下に

皆、一様に首を傾げた。

 

「焼肉作るにはいいか!」

 

「戻ってきても焦げ焦げだな。

 こりゃ~なにも残ってないぞ。

 ははは〜」

 

冗談を言いながら

静かに苦笑した。

 

どうしていいかわからぬまま

4人で地表に戻り

座り込む。

「おかしいぞ・・
    この地の表面すら
    熱くなってきた。
    こりゃ熱い・・
    アヂーッ!
    足の裏が痛い!」

「ど・・どうしたんだァ・・
    大地が燃えだしている・・」

燃えるような大地に
皆、不安になり
ピョンピョン飛ぶ。
我慢できぬほどの熱い大地。
次の一瞬!
 
ドカーン
ドドドーン
グワグワーッ

耳がつぶれ
キーンという音がする。
突然、大地がひっくり返り
全員が空中高く飛ばされた。
そこまでしか覚えていない。
空中を飛びながら
失神したのだ。
今まで知らない
とんでもないことが
起こったことだけは
間違いないのだが・・。
ボクは迷っていた。
心の悩みではない。
現実に道に迷っていたのだ。
しかも、あれから
何日たったのかすら
わからないのだ。
ドカーンという轟と
大地が足許から
消えてなくなる大震動。
天空へ吹っ飛ばされて
記憶がなくなる。
世界中は
紅蓮の炎に包まれ
深紅の色と
灼熱の温度に変化し
その後は闇の世界へ。

ダーン
ダガガーン

と、火柱が、前後左右
わからぬままに噴出し
固い大地へ叩きつけられた。
猪一頭分はある
巨大な火の玉が
空中を切り裂いては飛び
地に落ちては火柱をあげる。
ともかくも
大地にへばりつき逃げ惑う。
それが
あわてふてめいて出来る
唯一の行動だった。

ゴォーッ

熱風が渦を巻き
前後左右から
唸りとともに襲いかかる。

体中に

火傷ができているのもわかるが

手のうちようもない。

何度も気を失い

起きては逃げ

石が体中ににボコボコとあたり

再び気を失う。

真紅と闇夜と白い煙に

取り囲まれて視界ゼロ。

そんな3つのパターンの景色の中を

あっちへウロウロ

こっちへヘロヘロと

無限に続き這いずり回る。

気を取り戻し、逃げる。

また気を失うという時間の連続に

もう勘弁してくれと

ギッブアップするということが

繰り返される。

思いっきり

肩や腕に燃えたぎる火山弾が当たり

ジューッという嫌な音と

己が肉の焦げる臭いがして

 

「もうダメかな・・・」

 

と何度も思った。

周囲には誰もいない。

死ぬほどの大けがをしたとしても

誰ひとり、俺の頭をかち割り

肉体を喰ってくれる

愛おしい仲間すらいない。

そのことがとても残念だ。

 

果たして

どれくらい倒れていたのか

全くわからない。

1日か3日か・・・。

ゆっくり立ち上がると

見渡す限りの乳白色。

白い霧に包まれた世界になっていた。

大地はほんのり温かい程度。

どこをどう漂白したのか

わかる筈もない。

体中がギシギシと

音をたてるほどシンドイのだが

どうやら俺は

まだ生きていることだけはわかる。

 

「フハーッ」

 

とため息をつき、座り込む。

随分と長い間

ぼんやりと時を過ごした。

体は痛いが

頭の芯はすっきりと鮮明だ。

 

「アモの伝説の話を

   伝えてやらねば・・・」

 

それが最初に心に浮かんだセリフだ。

 

「生きて帰れればのことだが・・・

 その場合だけ

   可能なことなのだが・・・」

 

と呟く。

 

なにやら

地上を覆っていた

雲とも霞ともつかぬ白い煙が

うっすらと濃度を下げて消え

白い霞状態になっていく。

緑の木々

そして遥か彼方に

山影もボーッと見え始めた。

わけもわからぬ

滅茶苦茶な天変地異は

信じがたい猛威を振るい

今、収まりつつあるのは

確かなようだ。

 

いったい俺は

今どこにいて

どれほどの時間が経過したのか。

これからなにを

どうしたらいいのか。

なにひとつ判らない。

ただひとつ判っていることは

とりあえず生きていること。

手や足や体中を見回すと

無数の擦り傷、切り傷、火傷で

赤く火ぶくれしている。

自分の体とは思えぬほど

無残になってはいるが

生きてはいる。

 

節々の痛みをこらえ

立ち上がり

よろめきながら

まだ熱く焦げた大地の上を歩く。

霧が上っていく

焼け野原の高原の前に

異様な山が立ち塞がっていた。

あまりにも巨大な
黒くそして赤く燃える溶岩を
体いっぱいにまとい
威圧している。
頂上からモクモクと
天を覆うほどの
噴煙を吐き出し
空は一面その凄まじい
黒みを帯びた
灰色の厚い雲で
覆われている。
 
ドロドロドーン

時に山と大地は
小刻みに震え
山の頂上から
真っ赤に燃えた
巨大な火柱と溶岩が
噴き上げられる。
それは今から約5万年前
浅間山が噴火して
初めて地上に
その威容を現した。
火山活動そのものだった。
巻き上がる噴煙
火山噴火の猛威は
火山弾雨が
あられのように降り
灼熱のマグマ。
溶岩流出は
縄文人オモにとって
一体それがなんなのかは
知るわけもなかった。
耐えられさえすれば
慣れるということは
実はさほど難しくはない。
灼熱地獄と思えるマグマと
溶岩大地の中で
オモは考えていた。
この熱さには
体も慣れてきつつある。
意識と思考を
この非日常の狂気の世界から
脱出するために収集する。

「火の山ができた。
   それで俺たちは
   吹っ飛ばされたんだ。
   みんなどこへ行ったのか・・。
   でも、俺は必ず帰る。
   偉大な伝説を語るために。
   方向がわからない・・
   どちらへ行っても
   周囲は燃える草原。
   火の海だ。
   オモよ・・どうすればいい・・
   力を貸してくれ!
   アモよ・・偉大な勇者たちよ!
   道を・・行くべき方向を
   示してくれ!」

心を一点に集中し
固くひたすらに念じた。

ドーンドドーン

 

また山が火を噴き

火山弾が

宇宙(おおぞら)へ噴出され

天空に舞う。

震える大地、揺らぐ体。

意識だけが

脱出方向を求めて

異様なまでに研ぎ澄まされる。

 

ボーッボッボッ

 

赤くただれた周囲の世界。

熱さしかない紅の世界へ

突然、エメラルドグリーンの

クールに輝く炎が3つ灯り

シュルシュルと

天空より降りてきて

オモの周囲をとり巻く。

 

「オモよ!

 さぁ立ち上がれ!!

 歩もう!!!

 仲間たちが再び集まって

 おまえを導く。

 我々が平和に過ごした

 あの故郷の家へ

 皆で戻ろう」

 

エメラルドグリーンの

明るく輝く3つの火の玉から

オモの心へ力強い声が届く。

 

「アモ・・ヤホ・・カナ・・」

 

ナウマン象と激闘して

この世を去った彼らの魂が

俺を救いにやってきたんだ。

感動と喜びが体中に溢れる。

 

ボーッボッボッ

 

さらに3つの

エメラルドグリーンの火の玉が

天空に点灯された。

一瞬で、それはなにかということが

すべてわかった。

 

「オモよ!

 その通りだ!!

 残る3人の仲間も

 火の山との戦いに敗れ

 焼け死んだ・・。

 この地に魂を残しているのは

 もはやおまえのみだ!!

 だが、俺たち7人は

 いつの日も、未来永劫

 果てしなき先の日まで

 共にある。

 それが仲間なのだ。

 さぁ来い!!

 戻ろう!!!」

 

俺は、勇気一杯で火の草原を歩いた。

6つに揺れる美しき

エメラルドグリーンの魂に連れられ

素晴らしき永遠の仲間と共に

焦げる大地を歩き続けていく。

もはや苦痛はなにひとつなく

勇気と信頼しか

心の中には存在しなかった。

俺の体内にも

エメラルドグリーンの魂が

熱く熱く燃えているのが

はっきりとわかった。

どれほどこの時を
待ち望んでいたか。
深紅に染まる
夕焼けの中に
懐かしい俺の棲み家。
俺の潜んでいる
八ヶ岳連峰の雄大な峰々が
くっきりと
シルエットになって
目の前に拡がっている。
ここを出発してから
何日たったことか!
途中、不明の日々が
あまりにも多過ぎる。
少なくとも20日以上だろう。
6つのエメラルドグリーンの
火の玉が空を突っ走り
俺は歓喜の声をあげて
その後を追った。

「オモ〜っ!!」

俺の得意な声をあげて走る。
嬉しい時
楽しい時
面白い時
にあげる掛け声。
次の一瞬
その喜びの掛け声は
声もでぬ絶句に変わった。
八ヶ岳の黒いシルエットから
夕焼けの赤さに向かって
ワ〜ッと100を越える多量の
エメラルドグリーンに輝く
火の玉が上昇し
こちらへ向かってくる。
まるで、水辺から
蛍が無数に舞い上がる
あの哀しい美しさにも似ている。
茜の夕映えの中にキラキラと
エメラルドグリーンの魂が
無数に舞い揺らぐ。

「な・・なんで・・
   こんなことに・・!」

と、俺は大地に膝をつき
前のめりに倒れ込んだ。

「オモよ!
   おまえが見たとおりだ。
   あの新しい火の山
   浅間山が誕生し
   この地に姿を現したその時
   大地は揺れ、大きく裂けて
   洞窟もなにもかも
   すべて破壊し滅亡した。
   一族のすべては
   この世を去った・・。
   一族の中で
   この地上に生き残りし者は
   オモよ・・
   もはや、おまえだけなのだ・・。
   我々は、ほんの少し先に
   行くだけだ。
   必ず逢えるのだから・・。
   生と死は繰り返されても
   魂はいつでも寄り添い
   喜びと共に再会する。
   遥かなる太古から
   果てしなき未来へ
   途切れることなく
   続いているのだ。
   オモよ・・また逢おう!」

6つのエメラルドグリーンの光は
アモの先頭に
夕焼けの空に
緑の大きな先を引き
無数の一族の魂と一緒になり
大きなエメラルドグリーンの
光の柱となって
沈む夕焼け空へ
とてつもないスピードで
突っ込んでいく。
深紅の空に
反対色のエメラルドグリーンが
流れ星のように輝き
混じり合って消えた。

「また逢おう・・
   オモよ、カナよ
   そしてすべての同朋よ・・!
   次の時代、次のステージで!!
   更にそのまた次の時代
   見果てぬ先の先の世まで
   我々はいつも
   一緒なのだから・・な・・」

俺は胸の中で呟く。
今、この地を去っていく
一族すべての魂に向かって
意識を集中して手を振った。
正直・・
縄文時代を生きた俺・・
そして我々一族にとって
この世を去るということは
ごく当たり前の
事実のひとつに過ぎない。
生まれて、そして
この世を去ることは
朝起きて夜眠ることと
なんら変わりはなく
特別な問題ではない。
この世を
去ってしまった者との別れは
悲しかったり
ことさら辛かったり
といった感情は伴わない。
今日、別れた恋人と
一晩たてばまた逢える。
そんなことと同じだ。
それを悲しむ者など
いるわけはない。
魂と魂の出逢いとルールを
知っていたから
肉体の消失に
特別な感情を持たなかったのだ。
一族の全滅・・すべての者が
消えてしまった事実には
驚くには驚いた。
かなりのショックでもあった。

「なんで俺ひとり残して
   みんないなくなって
   しまったんだ〜!!
   そんな事があるのか〜!!」

とは思った。
だが、魂たちは
みんな一丸となって
楽しそうに夕焼けを追っていた。
あの緑の光の煌めきを思うと
仲間外れにされ
ひとりだけ置き去りにされた
という衝撃は拭い去れなかった。

先祖代々

我々が寝起きした洞窟の有様は

言語を絶する滅茶苦茶さであった。

山は崩れ、岩は割れ

なにがなにやらわからず

たったひとりでは

どこから手をつけるかも

見当がつかない。

焼け焦げた死骸や

バラバラに潰されちぎれた死体を

とりあえず集める。

当分、食料にはこと欠かないのは

安心できる。

俺ひとりを空腹と飢餓から

守り救うために

皆が体を残して

協力してくれたわけだ。

仲間の有り難さを

つくづくと感じた。

数日内に、肉を切り分け

燻したり、干し肉の製造にとりかかれば

一年ぐらいは

俺はなに一つしなくても

喰っていけそうだ。

食の心配はないが、次は棲み家だ。

とりあえずは寝る場所だが

やはり自分の住み慣れたところが

一番いい。

全体が大破し、全壊しているので

どこが俺の家なのかすら

皆目わからない。

あたり一面

すっかり闇夜の中に入っているので

夕陽の斜面から

家の方向を探ることも不可能だ。

手探りで、ともかくも

穴になっている窪地を探す。

これだけの肉があるということは

臭いを求めて

夜中にやってくるケダモノに

襲われ喰われてしまっては

たまらんと思いつつも

 

「今、俺が喰われれば

 一族全員をすぐに追っかけて

 この世を旅立てる・・・

 それもいいかもな」

 

とも思う。

 

悲しさや寂しさではなく

俺ひとりだけとり残された

運命の不条理が

少しばかり気に入らないからだ。

 

ゴボッという音がして

手探りをしていた

指先の砂と岩が崩れた。

直径60cm、人ひとり

やっと通れそうな穴が

ポコッと開き

奥からボンヤリとした光が

外へ大きく漏れている。

 

「だ・・・誰かまだ・・・

 生きているんだ!!!」

 

思わず胸がドキドキした。

足の先から、穴へ突っ込み潜り込む。

腰、胸、頭と、なんの抵抗もなく

短い時間で穴の中へスルリと

滑り込むことができた。

 

中へ入った瞬間!!

 

なんという懐かしさ

そして幸運な偶然に

喜びは頂点に達した。

 

「な・・なんだよ!

 これは俺の家だ!!

 すごいな~!!!

 一発で見つけたんだ!!!」

 

見慣れし洞窟だったのだから

臭いと香りでわかる。

少し違うのは、洞穴の奥に

もの凄く明るく輝く光がある。

異様な眩しさだ。

正確には、洞穴の奥に

見たこともない

井戸のような穴があいており

その奥から、凄まじく明るい光が

天井に向かって

光の輪を噴出している。

どうやら、地殻変動によって

穴があいたらしい。

光に照らされた洞窟内に

はっきりとわかる者がいた。

 

妻のミューが

去年生まれたばかりの

女の子ワコを抱いたまま

壁にもたれてこの世を去っていた。

天井から落石した巨石が

背骨をへし折り

抱いたままの子は

母の胸の中で

押しつぶされたのだろう。

一瞬のことだったということだけは

読みとれる。

 

安らかで美しい顔の2人だった。

妻のミューも娘のワコも

可愛いほほ笑みを浮かべたまま

旅立っていった。

 

ミューとは

小さい頃からの遊び友達であった。

年の差も殆どなく

いつも一緒にいた。

そう・・いつもいつも・・

笑いあい、ふざけあい・・

ずっとずっとそうだった。

 

確か10歳だったと思う。

俺が初めて、大人たちと

狩に出ると決まったその夜

2人は結ばれた。

俺の初めての出陣を祝い

そして、心の底から心配してくれた。

明るく笑ってばかりいたミューの

涙ぐんでいる姿を初めて見た。

いつも一緒にいたから

たった数日でも離れ

別れることなど

考えていなかったのだ。

 

それから10年間

毎年狩に出て

俺の腕も経験とともに上がり

狩のない時は

いつも2人で

子供の頃と同じように過ごした。

肌に触れ、笑いあい

同じ視点でものを見る。

去年、待望の娘も生まれ

俺はもっと

偉大な勇者になると決心した。

大きなナウマン象を倒す

戦士になろうと心に誓い

ミューに話したことがある。

ミューはもっと

たくさんの子供を産むと答えた。

食べてしまいたいほど

可愛いミューと娘だった。

 

明日はミューと娘を

本当に食べることにしよう。

2人の生命と美しさと楽しさを

俺の体の中に存分に入れて

血として肉として

今後ずっと一緒に生きていくために。

部屋の奥の異様なまでに

眩しく明るい光を発光する

穴が気になった。

俺は、その凄まじい光量の

穴の入口に行き

下を覗き込んで唖然とした。

直径80cmくらいの穴の中は

恍惚とする異空間であった。

この世のものとは思えない。

そこへ行けばいくほど広く

深さは計り知れない。

氷なのか水晶(クリスタル)なのか

よくわからないが、キラキラと輝く

大きな円錐状のクレバスが末広がり

底なしに続く。

そして500mか1kmか

距離の感覚が全くわからず

なんとも言えなかったが

奥底には

明るいエメラルドグリーンの

もの凄い輝きが

ピカピカと眩しく

気体だが液体だがわからぬものが

フワフワ

ルンルン

とした躍動を見せている。

まるで、世界中の魂が集まり

大きな氷と水晶の殿堂の中で

華麗に舞い踊り、躍動している。

その楽しさと煌めきが

息を吸うたびに、体中に侵入してくる。

うまい喩えはないが

エメラルドグリーンに輝く

オリンピックの開会式の

大イベントのようなものだ。

 

ただただ呆然として

緑のうねりを眺め続けた。

この素晴らしさを

俺1人で独占しているのはもったいなく

妻のミューと娘のワコの体を

引きづってきて

穴から下を覗かせてやる。

もうこの世を去って

魂は抜けているとしても

楽しさ嬉しさを

共に分かち合った2人に

この喜びを伝えたかった。

穴から顔を出し

俺と妻と子の3つの顔を揃えて

美しい白い氷、水晶の輝き

エメラルドグリーンの

華麗な踊りを眺めた。

得体の知れぬ楽しさと

えも言われぬ美しさに

しばらく3人で

ぼんやりとしていた。

いつの間にか音もなく

我々3人は

美しく輝く穴を

ゆっくりと落下していた。

 

「穴が壊れたのだろうか・・・」

 

壊れたのなら

もの凄いスピードで

下へ向かうはずなのだが

何が起きたのかさえわからない。

わかる必要もないのかとも思う。

 

シャボン玉が

ゆっくり落下するように

3枚の軽い羽根(フェザー)が

宙を舞うように

親子3人の体が

ゆっくりと回転しながら

スローモーションで降りていく。

周囲の氷(クレバス)と

水晶の円柱はキラキラと輝き

エメラルドグリーンの美しい輝きが

上から降りていく俺たちを

しっかりと捉えている。

拍手されながら

大きな歓喜の中を

ゆっくりゆっくり俺たちは

何処とも知れぬ喜びの世界へ

向かっていることだけは

確かだと思った。

 

両手両足を大きく拡げ

大の字になると

とても気持ちがいい!

 

フワーッとした

緑の蒸気に包まれながら

俺は手を伸ばし

並行して飛んでいる。

この美しい緑の空間は

いつの間にか

大空ほど広く拡がっている。

 

妻のミューの手を掴み引き寄せた。

そして、泳ぐようにして

娘のワコも引き寄せた。

真下のクレバスの

エメラルドグリーンの輝きが

大きな拍手喝采(アプローズ)を

してくれたように思う。

 

すべてを越えて飛翔している。

3人がひとつの魂となり

魂の集団に向かって、今!!!

 

サーっと夏木立を渡るような

爽やかな風が吹き3人を包む。

風がキラキラと光る姿を

生まれて初めて見た。

 

風は光り

風は舞い

風は輝いていた

 

 

〈おわり〉


「縄文の風の中」を

お読み下さいまして

ありがとうございました。

 

お読みくださったあなたに

少しでも

勇気希望

お届けできたら嬉しいかぎりです。

 

 

   ~感謝を込めて~

 未来メディアアーティストMitsue