夢見るジャムパン

外は漆黒の闇に包まれた

午前4時。

もう30年以上続いている

パン屋の夫婦は起き出して

黙々とパンの仕込みに取りかかる。

バターと卵を山ほど使い

強力粉を粘りあげて

イースト菌になじませる。

2人の間には殆ど会話もなく

目を合わせることもない。

だからといって、不仲でもなく

まるで組み合った歯車のように

淡々とパンを作り続ける。

実は、この時間と働きこそ

2人にとって

この上もなく幸せなひと時なのだ。

ものを作ること

特に食べ物を作るという作業は

安定した技術と

美味しいものを作り出すという「気」が

まさに気持ちよく組み合わさった時に

何気に「うまい!!」

という形が出来上がるものなのだ。

うまく仕上げようと

気合が入りすぎても

技術やテクニックに走りすぎても

妙にバランスの悪いものが

できてしまうものだ。

粉と卵とバターとを

まさに匙加減一つの塩や香辛料。

加えて熟成した酵母菌が絡み合い

粘りあげられ

しっとりと寝かされて

焼きを待つ。

寡黙というよりも

沈黙という2人の作業と連携プレイの中で

ひとつひとつのパン玉が

心地よいテンポで出来あがり

釜に入れられて

夫婦の手で順々に焼かれていく。

 

36年前、2人は銀座のパン屋で知り合った。

日本中が東京オリンピックの

興奮で湧きかえる10月中旬の頃。

少年は、中学を卒業してすぐに

パン焼き職人の見習いとして

この店で働きだしてから

すでに4年経っていた。

上には、うなるほど兄弟子がいて

仕事を盗み見ることはできても

粉ひとつ触らせてもらえぬ

日々が続いていた。

厨房とパン焼き窯の

掃除とチェック。

用具の片付け、白い上衣の洗濯と

いつまでたっても

雑用しかさせてもらえぬ

日々が続く。

 

この店だけが

特殊なわけではなく

およそ職人の世界は

それが当たり前のような

時代であった。

 

いつになったら

自分は粉を捏ね

パンを焼かせてもらえるのか・・・。

気の遠くなるような

修行と下積みの日々。

不安と焦りの中で

出来上がっていくパンを

見るだけの日々が

無限とも思えるほど続いていた。

 

この店で修行をしたいと強く思い

身を預けた4年前。

どこで修行をしようと

立派なパン職人になるという

夢と決意は変わらないが

やはり、自分の理想に近い

パンを作り出すこの店は憧れだった。

4年経っても見習いの身である以上

愚痴や文句を言える立場ではない。

 

手作りの各種パンは

朝10時から飛ぶように売れる。

周囲にあるパン屋さんより

20%も高い値段にもかかわらず

身なりのいい洗練された

奥様やOLたちが

おやつ代わりにと買っていく。

客の切れ目がないほどの

大繁盛店である。

料理の世界は

意外と男の世界である。

厨房は男が多いが

売り子は女がいい。

この店の売り子も女である。

黒の制服に白いレースのエプロンで

礼儀正しく

 

「お早めにお召し上がりください」

「ありがとうございます」

 

と、心地いい笑顔と声が

店の中に響き渡る。

見事な接客は

店の中は明るく華やかにする。

まさに、彼女たちは店の風格そのものだ。

 

その少女は

この店に春から勤めだしたが

店の中に出るまでには

彼女たちにも厳しい修行の日々がある。

贈答用のお菓子の箱詰め

包装紙の包み方、リボンの結び方など

この店独特の方式があり

その方式は脈々と伝わっていた。

このすべての方式を

完全にマスターする迄は

店にはデビューさせてもらえなかった。

決してノロマでも不器用でもないが

根が真面目で正直すぎるためか

マニュアルにカチカチになり

失敗せぬようにと愛読するあまりに

リボンの掛け方が斜めになったり

シールが歪んだりの連続。

その度に、先生女史から叱責され

そろばんの角で叩かれ

オロオロと立ち尽くす。

可憐な少女の毎日も

少年の焦りと似ていた。

午後6時閉店の後は、店内の掃除し

先輩たちの衣服の洗濯。

店を後にするのは

大概9時をまわっていた。

 

少年と少女は

このパン屋で知り合った。

2人で企んで、店に内緒で

夜中に初めてのパン焼きに挑戦する。

それは、日夜続き、やがて

2人でパン屋を開く夢を

抱き始めていた。

小さなパン屋の夢である。

ところが、ある夜、突然

2人の夜中のパン焼きが店に発覚し

2人とも破門になってしまった。

途方に暮れた2人は

いくつもの試練を越え

6年後、小さな小さなパン屋を

オープンさせた。

大繁盛とまではいかなくとも

地域に親しまれる

パン屋に成長していった。

平凡ではあるが、毎日を大事にする

パン屋の日々が淡々と続いた。

2人は小さな幸せを感じていた。

2人で焼く窯の中は

暖かい黄金色に輝き

20個ほどのジャムパンが

思いっきり気持ちよく

焼かれている。

180度で12分。

パンのすみずみにまで

熱さは程よく浸み込んでいく。

 

「ガシャーン」

 

パン窯の扉が開き

パン窯の中には

眩い光が差し込む。

ザーッとパンを乗せた

熱い鉄板が窯から

ひきづり出される。

ふっくらと飴色に膨らんだ

窯の中にいたパンは

外気に触れた瞬間

艶と照りをもって輝いている。

ひとつひとつのパンから

ゆっくりと白い湯気が

たちのぼる。

それは丁度

人が気のすむまで

温泉につかった後に

よく似ている。

上から湯をかぶり

素っ裸で温泉から出た気分は

えも言われぬ心地良さ。

細胞のすみずみまで

ピチピチと元気が溢れている

感じがするものだ。

 

「まぁ~! 

 今日のジャムパンは

 本当によくできたわ」

 

溜息に近い

惚れ惚れとした声で呟いた。

見かけは少女では

なくなってはいるが

声はふたりでパン屋を

オープンした時と変わらぬ

乙女の声である。

 

「そうだな

 今年一番の出来かも

 しれないな」

 

かつての少年も

艶のあるパンの表面を見つめて

ひとり言のように

ボソリと呟いた。

職人独特の目が幸せに満ちている。

 

午前4時から3時間余り

本日、夫婦の交わした

唯一ともいえる会話ではあるが

これ程、単純かつ至福に満ちた

会話は他にはない。

 

トレイに敷かれた白いナプキン。

その上に、ひとつづつ

丁寧に並べられたジャムパンは、

ガラスケースの中に

びっしりと並んだ。

 

「フワーッ」

 

と大アクビをして

ガラスケースの中で

目覚めたジャムパンは

キョロキョロとまわりを見回した。

横に4個、縦に5個に並べられた

ジャムパンの中で

カレは一番後ろにいた。

初めての外気を

胸いっぱいに吸い込み

この世での誕生を確認する。

ピカピカと飴色に輝く

己が体を矯めつ眇めつ眺めて

 

「なんて男前なのだろう」

 

と知らず知らず

笑みが浮かんでしまう。

 

「おう、おめえだけが

 出来がいいわけじゃないよォ。

 今日一番の仕上がりだって、

 さっき、夫婦が話していたんだ。

 夢うつつの中で聞いたんだがね」

 

隣の少し三角っぽいジャムパンが

笑いながら話しかけてくる。

 

「そうなんだァ。

 でも、こんなピカピカの

 箱に入れられて

 これからぼくたちは

 どうなるのかな!?」

 

少し不安そうにジャムパン男は笑う。

 

「あと30分したら午前8時。

 パン屋の開店だ。

 色々なお客さんがやってきて

 買われて食べられちゃって。

 THE ENDだな。

 まァそういう流れさァ」

 

「食べられちゃうって・・・

 ひょっとしてぼくたちは

 いなくなっちゃうの・・

 まだ生まれたばかりなのに」

 

「そら、そうよォ~。

 それが生き生きとしたパンの

 仕事じゃねぇかぁ。

 でもなァ~売れ残って

 世の中の役にも立たずに

 終わるのはやだよォ。

 捨てられたり

 腐っちまうよりゃあ

 パクパク喰われるのは

 いいと思うぜ」

 

フランスパンが

体を捻りながら叫び返してくる。

 

「焼きあがってから

 食べられちゃうまで

 短けりゃ30分。

 長くても1日の命なんだよ」

 

と、隣のジャムパンも

諦めたように呟いた。

 

ステンレス製のケース。

前面には一枚ガラス。

高さ180cm、横120cm、奥行き60cm

の中は、3段の棚がつき

各段に10種類、20個ずつのパンが

合わせて600個、ジャンル別に

ギッシリと並べられている。

ジャムパンは、一番上の段の

右端近くに収まっている。

左の端は、まだ空席だ。

ジャムパンの隣はクリームパン

アンパン、カレーパンと続く。

一番下の段には加工パンの

コロッケパン、メンチカツパン

ウインナーパンなどが続く。

 

ジャムパンが見上げる天井は

磨かれた鏡のようなステンレスだった。

ショーケースに並ぶ

600個近くのパンが

このやり取りに聞き耳を立て

ケース全体に

一瞬にして緊張が走った。

 

「ぼくたちは・・・そうなるわけ」

 

「こんな素敵に

 ピカピカ光っているのに

 すぐ食べられちゃうの?!」

 

不安と恐怖と焦りが

ケースの中に風のように舞った。

 

「つまんない一生なんだな・・・

 生まれた瞬間に

 いなくなっちゃうなんてさ」

 

「なんのために生まれたのかな?!」

 

「ぼくたちを殺して

 食べちゃう人間って

 一体なんなの?」

 

「殺して食べるために

 こんなに美しく

 作り上げるなんて

 酷いヤツらだよね」

 

「自分たちの楽しみのためだけに

 こんなに何十種類もの

 パンを作る必要があるの?」

 

「それって、酷すぎるよ・・・」

 

そこここで、不平や不満

そして怒りの叫びがあがる。

 

「まあまあ、まてや・・・

 興奮するなよ・・・」

 

と、先程、この話を切り出した

一番下のフランスパンが

しわがれた声をあげて、皆を制する。

 

「今日、生まれたばかりの

 キミたち子供と違ってなァ・・・

 わしは正直、もう2日もここにおる。

 まあ・・・言っちまえば

 賞味期限の切れかけた売れ残りじゃ。

 パン屋のご主人の失敗作か

 お客さんから見て

 魅力に乏しかったのか・・・

 そこんとこは、いまひとつ

 わからんがのォ。だが

 ショーウィンドーのガラス越しに

 キミたちの何倍もの世界を

 見てきたことだけは確かなんじゃ。

 アッという間に

 年をとっちまって・・・。

 大きな声は出せんが

 少しわしの考えも聞いてくれ」

 

と静かに話し始めた。

600個のパンは固唾を飲んで

この長老のフランスパンの言葉に

耳を傾けた。

 

自分たちの運命はどうなるのか。

心に不安を抱きながら

己が未来を見つめるためにも。

「人間は、自分の食べる楽しみのために

 パンを工夫して作る。

 その勝手さへの怒り苦しみも

 よくわかるさ。

 わしも2日前は、そう思った。

 出来あがったパンが次々と買われ・・・

 仲間が散り散りバラバラに

 なっていく姿になァ・・・。

 でも、こうして残って

 ここに座り続けているうちに

 色々と考えたよ。ゴホッ。

 わしらの体は

 何でできているんだろうかァ・・・」

 

「粉と卵とバターと・・・

 お水と・・・イースト菌」

 

「それと塩とか・・・

 場合によってはチーズとか

 香辛料とかコロッケとかさァ」

 

口々に若いパンは答える。

 

「そうじゃ、成分で言えば70%の水

 そしてキミらが言った様々なものが

 練りこまれ焼きあげられて

 今がある。

 鶏が、昨日産んだ卵も

 何ヶ月も前に牛の乳から作られたバターも

 世界の果てからやってきた

 赤唐辛子やペーパーや

 アメリカの大地を覆い尽くした

 小麦も強力粉にすりつぶされて

 みんなの体を

 見事に作りあげたことはわかる」

 

「そうだね・・・

 ぼく達は世界中から集まって

 今日、まったく新しいパンになったんだ」

 

「いいじゃん。楽しいじゃん」

 

と、少しばかりの不安は消え

誇りと自信に変わりつつある。

 

「そうなんじゃ。キミ達にとって

 パンすべての生命の集合体として

 まったく新しく生まれ変わった

 ということじゃ。

 だが、それだけじゃないぞ。

 粉という元の形は変わっても

 スピリッツ・・・魂・・・

 意識の集まりでもあるんじゃ」

「例えば、最初にこの話を始めた

 一番上の段にいるジャムパンくん!」

 

「あ・・・はい・・・

 ボクですかァ・・・」

 

ジャム男は

突然の指名にドキドキした。

 

「そう・・・姿は見えぬが

 その声・・・キミじゃよ

 ジャム男くん」

 

「あ・・・ジャム男って名前に

 なっちゃったんですか・・・ハイハイ」

 

「ジャム男くんなァ・・・。

 キミが最初に誰かさんに

 買われたとしようや。

 お腹ペコペコの小学生にでもな。

 多分、店を出て、家に帰るまでに

 お腹はもたんから

 すぐに紙袋から出されて

 パクリじゃ」

 

「パ・パ・パクリ・・・」

 

ゴクンと思わず喉がなり

その恐怖が迫る。

 

「キミの自慢の飴色に輝く体も

 お腹に蓄えている芳醇な

 ストロベリージャムも

 食欲旺盛な小学生の前には

 ひとたまりもないわな。

 32本の鋭い歯で切り裂かれ

 粉々グチャグチャになって

 一巻の終わりじゃよ」

 

「うわ・・・っわ・・・」

 

体中が恐怖で

ひきつっているジャム男。

 

「このフランスパン父は、

 わざと怖がらせて

 イジメにかけてるとしか

 思えんぜ・・・」

 

「子供の強靭な食欲に

 パンとしての命は

 完全に消えてなくなるわけじゃ」

 

「フランス父さん・・・

 ボクはいいけどさ。

 皆んなを怖がらせることが

 そんなに面白いの?

 ボクたちは

 そんな風になるために

 無条件に生まれてきたって

 ことなの?!」

 

ジャム男はフランスパンの話に

だんだん頭にきて

大きな声で叫んだ。

「いやぁ~その逆じゃよ。

 話はこれからじゃ。

 食べられてしまって

 この世からいなくなってしまっても

 多分・・・1時間もすると

 その子供の血となり肉となり

 細胞となり、神経となり

 新しい生命に変わるんじゃ。

 パンとして美しく輝く姿は

 終わったとしても

 パンとしての本当の生命と働きが

 この世からいなくなる瞬間に

 生まれるのじゃ。

 これはこれで

 すごく素敵なことじゃないか。

 その小さき子供の体内を駆け巡り

 力となり、勇気となって

 子供と共に生きる。

 その子の身長や体重を

 ほんの少しでも大きくさせる力になる。

 知恵や判断を司る脳や魂に入り込み

 ものを見て、聞いて、考えていく力に

 なるのじゃよ。恋することもな。

 これはまだ小学生じゃ早いか。

 いやいや、愛する力や

 元気な活動力となって

 その子と一緒に走り回るんじゃよ」

 

「へぇ~っ!

 そうなんですか・・・。

 じゃあ、この世からいなくなることって

 次の生命をつくることになるのですか?」

 

「そうなんじゃ。

 体と魂と、生命の源になるんじゃよ。

 なにも、なにひとつ恐れる必要など

 ないんじゃな」

 

最上段に並べられた

200個あまりのパンたちも

この会話を耳をすませて聞いていた。

チョコレートを掛け布団のように

のせたグループや

ギラギラと油っぽい

いかにもクセの強そうな

数種類のカレーパンたち

腹一杯にハムやウインナーや

チーズなどをを詰められた

ロールパンたちは、話を聞きながら

自分の姿に酔っていた。

各々の目一杯の晴れ姿が

鏡のように磨かれた

ステンレスの天井に写っている。

みんながビッシリ決まった姿は

まさに荘厳である。

「自分も含めて

 ここに並んでいる仲間たちが

 みんなバラバラに別れて

 いなくなってしまうんだな・・・

 と思うと、チョッピリ

 寂しい気もするが

 それが与えられた人生・・・

 いや、パン生ならそれもよし」

 

思わず気合いが入ってしまうジャム男。

 

ぼんやりと天井を眺めていると

パッパッパッと、まるで

マンションの各家の灯が

ひとつまたひとつと

消えるように

色とりどりのパンの姿が

消えていく。

ジャム男は、ふと目眩を覚えた。

 

「なんだろうこれは・・・

 ボクは夢を見ているのかな・・・」

 

また、焼きそばパンと

チョコパンとコロッケパンが

消えていく。

目をこすってみたが

ついさっきまで天井に写っていた

200個あまりのパンが

もう10個近くまで減っている。

 

「アレレ?!」

 

ジャム男の上に、少し小ぶりな

ケシの実を一杯つけた

アンパンが重なっている。

 

「重くはないや・・・

 なんだか少し

 寂しい気持ちもするけど

 アンパンくんの温かさも感じるぞ」

 

と思いつつ

ジャム男はトロトローッと

眠くなってくる。

 

熱いパン窯から出て

冷たい外気にあたり

一種、湯あたりでのぼせ状態に

なっているのかもしれない。

ジャム男は、フーッと気が遠くなる

心地よさの中で

数少ないパンの姿を写した天井が

大きくぐるぐると回転し始めた。

 

「目がまわる・・・」

 

と呟き目を閉じるが

脳裏にはスピードを増し

回転する鏡の天井が

UFOのように眩しく輝き

天空へ飛び上がっていく。

 

一条の鮮やかな光の帯を残して

消えた円盤。

後には、漆黒の闇と静寂が続く。

夕刻の冷気の中にいるようだ。

どこからともなく優しい風が吹き

すべてが闇に包まれているが

不安も恐怖もなにもない。

風が吹いているのではなく

自分が闇の中を飛んでいることに

ハッと気がつく、ジャム男だった。

「これが夢だとしても悪くない。

 心地は良い夢だとも思う。

 上も下も右も左もない。

 目を開いていても

 閉じていても同じ。

 そんな空間を、一気に風を切って

 突進しているらしい。

 正面からぶつかる風が

 体にそって左右に分かれ

 後方に消え流れていく。

 だから前と後ろだけは

 わかるんだ。

 自分が今

 どんな形をしているかは

 実はわからない。

 ジャムパンではなくなって

 しまっているかもしれないなぁ・・・」

 

と、ふと思う。

 

もしも、魂とか意識とかスピリッツ

というものがあるとすれば

間違いなくボクは、今

それになっている。

もう飴色に輝くジャムパンではなく、

男でもなく、精霊となって

飛んでいるのだと思った。

 

ふと自分の右側に

肩を寄せてくるように

寄り添って飛ぶものが

いるのに気づいた。

多分、さっき

ボクに重なっていた

ケシの実をいっぱいつけた

アンパン娘に違いない。

一瞬で、そう感じた。

 

「そうだよね?!」

 

「そう!」

 

と、寄り添うものは応えた。

 

寄り添う魂のあたたかさが

ジャムパン男とあんぱん娘を

包んでいることだけは

しっかりわかる。

すべての生命と、魂の佇まいが

一瞬でわかった。

ボクたちの殆どが

生きること死ぬこと・・・

自分の存在を

いつも気にしすぎていたのだと。

なにかしよう、なにかを為そう・・

楽しい日々を求めて。

でも、それは求めることではなく

永遠不滅に存在し続けているのだと。

今まさに、風を切り、自由な魂は

太古の昔から未来永劫に渡って

存在し続けていたのだと。

ジェットストリームの流れに乗って

飛び去っていくように。

目を開けていても、目を閉じていても

変わらぬ世界と視界なのだ。

トントントン 

トントントン

 

心地よい

三拍子のリズムにのって

あたたかい魂が

脇にピタリと

寄り添っている。

 

この無限に続く

三拍子の中で

飛び続けることが

存在と世界の

すべてなのだろう・・・

とジャム男は信じた。

 

 

・・・この幻覚

イリュージョンから

目覚めるのは

ジャム男の隣に

最後に焼きあがった

小倉パン20個が

並べれる瞬間。

ショーケースに入れられた

アンパンたちは、電車が

急ブレーキをかけたショックで

小倉パンの娘ひとつが

ジャム男の体の上に

乗っかってきた。

 

ふたつのパンは

この動かぬ体制の中で

恋をしていく・・・

 

 

〈おわり〉


「夢見るジャムパン」を

お読み下さいまして

ありがとうございました。

 

お読みくださったあなたに

少しでも

勇気希望

お届けできたら嬉しいかぎりです。

 

 

   ~感謝を込めて~

 未来メディアアーティストMitsue