詩集「ひとつのかたち」
【目次】
1.こころ
2.うたた寝
3.存在
4.太鼓の記憶
5.お月さま
6.鳩の羽
7.影をもつ男と持たぬ女の愛
8.舵
9.影
10.カタチ
11語らい
12.ただただ
13.水まき
14.合言葉
15.ヒヨドリ
16.風
17.知っている
18.春がきた
19.冬
20.ゆっくりと
21.光
22.馴染んでいる
23.手の中の風
24.冬の昼下がり
25.雨
26.おまかせ
27.ごはんが炊けた
28.朝陽
29.雫
30.恋
31.リレー
32.流れていく時
33.ひとつ
34.語らい
35.ポケット
36.おかず
37.夢
38.コート
39.笑
40.翼
41.フレーム
42.ある日の夜
43.人は生まれる
44.大行進
45.こちらあちらそちら
46.加湿器
47.動く
48.味
49.大きいスプーン
50.窓
51.名前
うたた寝
存在
自然はわたしたちに
共通の話題を
与えてくれている
季節が巡ることも
花があることも
あなたがいることも
あなたといることも
自然の粋な
お計らいの中で
わたしたちの時は
存在している
太古の記憶
なにかに
とり憑かれたかのように
行動する時がある
思考はなく
そこにあるのは
止まらない衝動のみ
目的もなにもなく
ただただ激しく
突き動かされるなにか
それはそんなに
起こることではない
だからこそ
その衝動が起き始めたら
大切に大切に
静寂の中に
突如現れる
太古の記憶
お月さま
鳩の羽
影をもつ男ともたぬ女の愛
舵
影
カタチ
語らい
ただただ
水まき
合言葉
ヒヨドリ
風
知っている
春がきた
沈丁花の花が
一輪咲いていた。
梅の花が
咲きだすことよりも
大地が
騒ぎだすことよりも
空が薄い色に
変わりだすことよりも
鳥たちが恋の詩を
さえずりだすことよりも
沈丁花の香りを感じ時
春が来たんだなと思う
今日は春が来た
そんな日だ
冬
ゆっくりと
光
馴染んでいる
手の中の風
冬の昼下がり
雨
おまかせ
ごはんが炊けた
街の風
朝陽
雫
恋
リレー
流れていく時
ひとつ
語らい
ポケット
おかず
夢
歩いているんだ
なんて素敵なんだ
ゆっくりでいいんだ
なんて気楽なんだ
磨かれた床に
柔らかい光の道
掃除された道路に
枯れ葉の矢印
青い洗濯バサミをつけた
赤い花柄のタオルが
歌いながら夢を語る
それでいいんだ
なんて明るい音なんだ
コート
コートの襟をたて
コートの後についていく
北風に乗る
未来の笑い声
コートに追いつき
枯れ木が襟をただす
昨日の夜に食べた
ビスケットの味を思い出し
コートのボタンは
未来の音を奏でる
昼の空に浮かぶ雲ひとつ
夜の空に浮かぶ月ひとつ
手を差しだせば
笑いの雫が
雲からひとつ
月からひとつ
コートを脱いで
雫の衣を身にまとう
笑
明日のお昼は
天ぷらを揚げる
そんなことを考える夜
誰かのあくびが天を舞い
誰かの寝息が地を這う
忘れ去られた洗濯物は
今日の光を知りつくし
柵を飛び越えた葉は
笑いを道に撒き散らす
人がひろう
雀がたべる
犬がなめる
世間は笑いがとまらない
翼
なん枚もの風が
頬にとまり
足にからみ
両手を翼に変える
地上を選び
飛ばなくなった鳥のように
翼は羽ばたくことなく
地上の幸せの中で
おもむくままに
羽のお手入れをする
ゆっくり歩こう
翼をベンチに置き
頬の風を手のひらに乗せ
ご自由にどうぞと書いておく
フレーム
フレームを壊し続ける男は
過去を忘れ語る言葉をもたない
南から吹く風に体を震わし
口笛で童謡を奏でる
いくつものフレームを
持ち続けている女は
ドレミファソラシドの椅子に座る
北から吹く風に体を捻り
忘れていた指先の喜びを知る
男は空っぽのコップを差し出し
女は溢れるほどの水を注ぐ
時は目覚め麗しい風が舞う
ある日の夜
夜の風布団で眠る
黒いズボンと
茶色のバスタオル
すっかり乾いて
すっかり冷えて
大あくびして目を閉じる
黒いズボンは
隣の家の窓の灯りを
片目をあけて覗きこみ
テーブルの上の
ミルフィーユも
忘れられたまま
そのまま眠る
朝陽を浴びれば
忘れられたことを
すっかり忘れ
陽気な風と犬のあしおとで
内も外も笑いの渦が巻く
味
動く
動くエレベーターは
ボタンを押せば
どこにでも運んでくれる
動くエスカレーターは
上にも下にも運んでくれる
動く歩道は
まっすぐに運んでくれる
動く風は
無意識の芽を届けてくれる
動くあなたとわたしは
見知らぬ街で握手する
鍵
不思議な顔で扉を開け
無邪気な顔で扉を開け
自信の顔で扉を開け
丸いテーブル丸い椅子
四つ葉のクローバーが浮かぶ
丸い器の中に手をいれる
柔らかい声の湯
指に絡まる四つ葉のクローバー
開け放した扉は鍵を捨て
赴くままに姿を変える
光が射しこみ夜があけた
ゴミ箱は鍵のやま
ひとは生まれる
左に曲がって右に曲がり
左に曲がると
自動販売機があります
その先です
その先になにがあるのですか
教えてくれなければ行きません
ひとはひとのことなど興味がなく
ひとは自分のことに興味がなく
左か右に曲がることに
とても興味を抱いています
揚げ物の匂いのする道は
人混みで先が見えません
振り返るとうしろには
ひとひとり誰もいません
目の前だけの混雑
一歩先に歩けばひとが生まれる
魂が喜んでいます
人混みは笑っています
大行進
スニーカーの紐がきつい
パジャマのゴムがゆるい
小枝が揺れる先には
今日の眼差しのご馳走
いただきますとひとくち食べ
紐もゴムもちょうどいい
なにかをひとつ知れば
ひとつの物語が動きはじめ
記憶のマラソンランナーが増える
本能的な感情は
ヴェールの中で大行進
こちらあちらそちら
こちらを向けば
あちらが怒る
あちらを向けば
そちらが泣く
そちらを向けば
みんな知らんぷり
こちらあちらそちら
そちらあちらこちら
鷺が目の前におりたつ
おまえに問いてみよう
飛びたつまえに
わたしが通り過ぎたら
答えを教えてほしい
加湿器
加湿器がきゅきゅと話しはじめました
お腹いっぱいですか
尋ねたらしゅーと答えてくれました
おにぎりを買うつもりが
クロワッサンを買ってきてしまいました
ひとくちサイズのクロワッサン
あなたの大好物
全部食べていいですよ
出来ればひとつ食べたいです
我慢するほどのことではないので
いつ買ったか忘れたビスケットを食べます
しゅーと勢いがつき
お部屋の中は潤っています
電気を消しましょう
楠の香りはお部屋の四隅
どこに連れて行ってくれるのか
なんだかとっても楽しみです
窓の鍵を開けました
合鍵を渡すのを忘れていました
しゅーしゅーしゅー
動く
動くエレベーターは
ボタンを押せば
どこにでも運んでくれる
動くエスカレーターは
上にも下にも運んでくれる
動く歩道は
まっすぐに運んでくれる
動く風は
無意識の芽を届けてくれる
動くあなたとわたしは
見知らぬ街で握手する
味
雪解けの
水たまりの中に
足を正しく並べて
棒立ちになる
鈴の音がしなやかに
足の裏をくすぐる
太古から
刻み続けられている
柔らかい記憶が
一粒の涙となり
手のひらに落ちる
知っている味
美味しい味
大きいスプーン
ピラフはガーリック味を
よく注文します
大きいスプーンが嫌いです
いつもフォークをつかいます
フォークの隙間から
ポロポロご飯がこぼれます
口の中に入るお米は
なんて少ないのでしょう
笑ってガーリックピラフを食べます
それでも大きいスプーンは嫌いです
ご飯も少なくなって
フォークでは難しくなります
それでも大きいスプーンは嫌いです
いつもぜんぶ食べられません
お腹がいっぱいなのではなく
大きいスプーンが嫌いなだけです
お皿の上のガーリックピラフは
あなたの口の中
あなたは大きいスプーンが好きです
フォークも好きです
でもガーリックピラフは
一度も注文しません
なにものっていない
白いお皿が好きだと
雨降る午後に話してくれました
大きいスプーンで
オムライスを食べながら
真剣な顔で言いました
窓
階段をあがれば
あなたはいますか
遠くに見える
ビルの窓
窓の感情について
話しました
笑っている窓は少なく
もの哀しげな窓が多い
中が見えないからでしょうか
違いますね
中が見えすぎて
泣いてしまうのでしょう
人と人が織りなすタペストリーは
どこか淋しい色と模様
嫌いですか
わたしは好きです
名前
空は空のなにものでもなく
雲は雲のなにものでもなく
空という名前
雲という名前
勝手に人間がつけた名前を
取り払ったとき
残るもの
感じるということ
あなたの名前を知らない
わたしの名前も知らない
それでいい