詩集「あの日の風景」
【目次】
1.涙
2.湿気ったビスケット
3.坂
4.傘
5.イチゴ
6.扉
7.風
8.花瓶の中
9.思いやり
10.もうひとつの時間
11.行かない
12.風の余白
13.静寂
14.見慣れない風景
15.ひと粒
16.50円
17.白湯
18.懐かしい世界
19.たまご
20.あみだくじ
21ワカメ
22.どこにいるのだろう
23.窓の鍵
24.特別
25ハガキ
26夜のはじまり
27.美しい
28.光の柱
29.時
30.ワンピース
31.公衆電話
32.目覚め
33.沈黙
34.旅
35.冬の光
36.梅
37.足跡
38.変わる
39.雑巾
40.物語
41.一夜
42.欲しいもの
43.四季
44.白色
45.うなづき
46.約束
47.無口
48.桜糸
49.フォークの影
50.カーテン
51赤色
52.霧
53.クリームシチュー
54.夜中の桜吹雪
55.見知らぬ道
56.十六夜
57.おいしい
58.涙
59.緑の椅子
60.ほほ笑み
61.だれいつどこ
62.揺らぎ
63.新しい調味料
64.太陽
65.待ち合わせ
66.西瓜の種
67.燃えないゴミ
68.闇の言葉
69.朝陽
70.想い出を売る男
71.光あれ
72.秋
73影絵
74.右と左
75.懐かしい世界
76.ある夏の日
77.金色の空
78.重なる想い
79.流れる光
80.日影
81.舵
82.風
涙
あなたは
座りながら
言いました
嬉しかったな
なにが
嬉しかったのでしょう
輝く笑顔です
なんでもいいです
嬉しいのなら
わたしも嬉しいです
走りましょう
大切なことは
涙の中にあります
あなたの涙は
美味しいです
白色
湿気ったビスケット
どんな話でも聞きましょう
ビスケットも食べずに
あなたの声の奴隷になります
月の姿はありません
星の姿は数えきれません
それでもいいですか
狐と狸の姿もありません
蟻も数えきれません
それでもいいですか
ビスケットは湿気っています
なにも話さない時間が
ずいぶん過ぎました
ポストに手紙がありました
ビスケットを食べる音が歩き出し
わたしの耳にはあなたの声
ビスケットは湿気っていません
誰かが間違えて
湿気ったビスケットを
わたしたちのお皿に
置いていったようです
せつなさは湿っぽいものです
坂
蚕の糸のように
風がからだに
まとわりつく春
懐かしい坂を
ゆっくりと上る
糸の隙間から
外を見ると
右に曲がった
あの日が
そこにあった
傘
なにをしているのでしょう
そうですか
ごはんを
食べているのですか
なにを食べているのでしょう
そうですか
カマスと
肉じゃがですか
傘をさすのが嫌いで
雨に濡れるのも嫌い
どうしましょう
雨がやむのを待ちましょう
明日まで降っていたら
どうしましょう
どうなるかわからないことを
考えるのはやめましょう
今は雨音を聴きましょう
すべての雨音が
わかるようになった時
わたしはあなたに告白します
傘はいつも持っています
イチゴ
誰かに話しました
言葉は誰かの
おやつになりました
イチゴはイチゴ味
マシュマロはイチゴ味
幾何学模様のお皿の中は
不思議な味の物語
イチゴは誰が
買ったのでしょう
イチゴ味のマシュマロは
あの日誰かが
持ってきてくれました
イチゴといっしょに
食べてください
忘れていた言葉は
お皿の中
覚えていなくても
誰かが
覚えていてくれました
イチゴと
イチゴ味のマシュマロを
食べ終わった次の日
おやつになった言葉は
涙に変わりました
本当のイチゴの味が
わからなくなりました
扉
先に歩いて
扉を開けて
待ってます
あなたは
足をとめました
振り返らなくとも
音でわかります
わたしは扉から
手を離しました
人影も少なくなった街に
人一倍の速度で歩いている女
わたしのようです
落としましたよ
扉の向こうにある
ほほえみを
風
いつものように歩きます
しばらく開けていなかった窓
風は部屋に入ることなく
吹き続けています
花はうなだれたまま
洗濯物がゆれてます
風はどこに向かっているのでしょう
追いかけることなく
風の涙をあびながら
いつものように歩きます
風の中は風がないことに
やっと気がつきました
花瓶の中
思いやり
そんなこともありました
すっかり忘れてました
あなたの笑顔は大好きです
でも
それでも
泣顔も怒顏も好きです
どんな時でも
あなたはあなたです
どんな時でも
漂う空気は同じです
思いやりの眼差しが
そこにいるわたしを包みます
あんなこともありました
嘘を言いました
すべて覚えてます
もうひとつの時間
歩こうが走ろうが
あなたに逢えないのなら
せめて止まることはしないだけ
歩けばつまづき走れば転び
あなたの影すら見えないのなら
せめて泣かずに笑わないだけ
一羽の白鷺が目の前を飛び去り
音のない街の中へ消えていく
どこかで息づくもうひとつの時間
行かない
風の余白
静寂
あなたに逢いたくて
森の中を彷徨う
相変わらず
勘違いしていると
木霊に叱られた
花も風も知らんぷり
むせ返る緑の乱舞
太陽を浴びるとは言うが
静寂を浴びるとは言わない
すべてのものは
静寂の中に存在する
花のささやき
森のささやき
風のささやき
静寂ゆえに聴こえる音は
わたし自身をこえてゆく
見慣れない風景
ひと粒
50円
白湯
懐かしい世界
たまご
たまごを割りました
なにを作りましょう
あとにします
たまごを割りました
ぽとんぽとん
芸術的なカタチで
並んでいます
たまごを割ったのですから
なにかを作りましょう
いえいえ作らなくてもいいのです
できあがっています
割ったのですから
それだけでいいのです
あみだくじ
ワカメ
どこにいるのだろう
窓の鍵
特別
ハガキ
夜のはじまり
美しい
光の柱
時
ワンピース
公衆電話
目覚め
沈黙
旅
冬の光
梅
いつもの道に
梅が咲いてます
知らない人が
電話の向こうで
話しています
知らない声で
知らない話し方で
あなたは誰ですか
わたしは誰ですか
知っています
顔は知っています
思い出も知っています
梅の花の悪戯です
こっちに来てください
そっちに行きましょう
こっちもそっちも
やめましょう
坂の下の青いポストの前で
待ちあわせましょう
梅の花に伝えときます
足跡
あなたが
むこう側から
歩いてきて
わたしが
こちら側から
歩いてきて
橋の上で
出逢った
いま
ひとりの
足跡しかないのは
同じ道を
歩き始めた証
わたしは
あなたの
足跡の上を
歩いている
冬
時が流れ季節が変わる
それだけのこと
たいしたことではなく
特別なことでもない
花が咲き
汗をかき
葉が染まり
ポケットに手を入れる
冬がきたとひとりごと
雑巾
物語
一夜
欲しいもの
四季
白色
うなづき
約束
無口
桜糸
フォークの影
カーテン
赤色
霧
霧がかかると
鳥が歌うのをやめる
かれらも
静かに霧の声を
聴いているのだろう
鳥がいなかったら
世界はなんて
静かで
寂しいのだろう
クリームシチュー
夜中の桜吹雪
あの日わたしの中指は
包帯が巻かれていました
うまく箸が持てません
和食屋でフォークを
頼んでくれました
唐揚げを
フォークで刺しました
がぶっと食べました
箸とフォークでは
食べ方も変わります
私の前にある箸と箸置きは
汚れないまま
忘れ去られていました
あの箸は誰かの手の中
季節は春だったのだと
桜の箸置きが
教えてくれました
桜の箸置きは
人々が寝静まった真夜中に
派手に乱舞しているのです
見知らぬ道
十六夜
おいしい
涙
緑の椅子
ほほ笑み
だれいつどこ
揺らぎ
新しい調味料
あなたの涙の味は
美味しかった
一滴一滴
違う味だった
手のひらで混ぜて
新しい調味料をつくった
たくさんの新しい料理
みんな美味しいと
喜んでくれた
不思議と調味料は
なくならなかった
涙はいらないと
あなたが決めた
太陽
アノヒトは
自分のことを
太陽だと言う
降り注いでる
希望の光に
人も
動物も
虫も
急ぎ足で
集まる
アリを
手のひらにのせ
親愛の光を
浴びさせる
待ち合わせ
西瓜の種
知れば知るほど
気配はいなくなります
知りたがりの定めなら
かぎりなく素直に
受け入れなければいけません
知りたくないのなら
忘れる魔術を
身につけなければなりません
小玉の西瓜を買いました
半分に切って
また半分に切って
見える種は流し台に捨てます
見えない種を食べたら
知ったことといっしょに
土の中にしまいます
燃えないゴミ
セロテープを
買いにいきました
ホチキスも定規も
買いました
セロテープで
なにを貼りましょう
ホチキスで
なにを閉じましょう
定規で
なにを測りましょう
聞かなくても
わかっています
言葉として
聞きたかっただけです
明日のお弁当は
捨ててもいい
入れ物にします
お弁当と一緒に
セロテープと
ホチキスと
定規を包みます
食べ終わったら
いっしょに捨てます
想い出を
貼るのはやめます
言葉を
閉じるのもやめます
縮まらない距離を
測るのもやめます
虚しさに
泣き叫ぶ夜があっても
丸出しの顔のまま
ゴミを捨てにいきます
明日は
燃えないゴミの日です
今夜は
泣いていい日です
闇の言葉
気だるい夜
電話の向こうで話している
男は
女に
なにを伝えようとしているのか
闇の音が気になりすぎて
肝心の男の言葉が
女には聞きとりづらい
不協和音のまま
電話を切る
女には
たいして高くないビルが
宙に浮いているように見えた
黒とも紺碧とも言えぬ
空の色のせいだろう
虫の声が響きわたり
外は
心地いい秋風が
吹いているというのに
なんて蒸し暑い夜だ
女は部屋にはいり
冷房をいれる
言葉をもつ男は
言葉をもたない女を
愛しはじめた
朝陽
朝陽が扉をたたく
静寂の中
古い柱時計が扉をあける
鳩が顔を金色に輝かせ
街は昨日のため息を飲み込む
顔をふいたタオルが
しなやかに風に揺れ
正しい場所で世界をみている
完全なものは
偶然の中にしかない
がらんどうに見える
洗いたての空気は
いつも長い物語に満ちている
想い出を売る男
灯りはとっくに消えている
店の窓ガラスにわたしを押しつけ
あなたはほほ笑みながら言った
キミはどこにいるの?
あなたが好きなこの街を
今日もわたしは歩いてる
ある晴れた日
想い出を売る男と出逢った
わたしは思わず財布を出し
いくらですか?
男は答えた
あなたが欲しい想い出は
タダです
カレーうどん
久しぶりにカレーうどんを食べた
目の前にあるカレーうどんを見ながら
あの店のカレーうどんが食べたいと思った
あの店のお新香も食べたいと思った
あの店で話したいと思った
そんなこと思いながら
目の前にあるカレーうどんを食べた
お新香はなかった
話しもなかった
汁をぜんぶ飲み箸入れに箸を半分いれて
ガタンと席を立った
ここは自分の家だった
光あれ
川は流れ
風は踊る
名も知らぬ花は
時に身をゆだね
名も知らぬ虫は
かれらの世界で
花と共に
深い眠りにつく
目覚めれば
川には風の船
準備が整った花と虫は
目指す旅路へと向かう
光あれ
秋
夏から秋になり
半袖から長袖になった
嫌いな靴下を履き
好きな栗を食べる
あなたは近づき
音は遠ざかる
秋はそれだけのこと
都会を見下ろす白鷺は
ビルの谷間へ消えた
はじめの一歩で
白鷺のいる小川に
たどり着く気がした午後
影絵
わたしの強さは
あなたがいてくれるから
わたしの弱さは
あなたがいてくれるから
矛盾だらけの強さと弱さは
気まぐれに交代します
影絵に夢中になっていた時
影はどっちの姿を見せているのだろうと
真剣に見つめ続けていました
わかるわけないのです
強い時は強さしか見えず
弱い時は弱さしか見えないものです
それはたとえ影でも
こんなこと考えていると
眠くなってしまいます
きっとどうでもいいことだからです
右と左
ぶつかります
止まることは選びません
気どってよけます
傘を持つ手を
右手から左手に変えただけで
風景は変わります
顔を右から左に変えただけで
意識は変わります
そんな簡単なことを
真剣な眼差しで
教えてくれたあの日
あなたは最初と最後は
照れながら笑っていました
傘を持つことも
顔を曲げることも
すべて捨てました
ぶつかる快感を選びました
それはとろけるような甘さだと
真剣な顔で笑ってました
わたしもぶつかってみましょう
あなたと一緒にとろけるために
懐かしい世界
交差点の角に建つ古びたアパート
東側には白粉花が
アスファルトに頬ずりしながら
機嫌よく咲いている
傘をさす人ささない人
図書館で本を返す人借りる人
靴音する人しない人
雨粒を手のひらにのせ
呪文を唱えて
花にする人鳥にする人
体験や思い出は
人々に投宿し
非情にも襲いかかってくる
日常のもつ生活のようなものに
無理なく心が通い
長い裾は色を変える
明日に写しだされる
懐かしい世界は
季節の営みと
深く結びついている
ある夏の日
ある夏の日
ただ風景の中にいた
ただ風の音を聞いていた
ただそんなことしかしてなかった
ある夏の日
ひとつのことしか見つめていなかった
確かななにかを信じていた
ただいまと言えるから
おかえりと聞こえるから
ただそんなことしかしてなかった
雲は変化するから美しい
あのひとが言った
雲は変化し
木々はかたちを変えていく
その美しさの奥に
変わらない美しさがあることも
あのひとは教えてくれた
金色の空
笑えばどこにいくのか
知らない
泣けばどこにいくのか
知らない
何度もそこにいっては
二度といかないと誓う
オオカミ少年はここにいる
誓いは何度も破られ
数えきれないほど
そこにいく
たいしたことないさ
泣きたいだけさ
瑠璃色のテーブルに
プチデニッシュを並べて
食べずに眺める
見たか見たか
空は金色に輝いている
実はその空が見たいんだ
重なる想い
拒み続けた
想いは
においたつ空に
従う
まとわりついていた
風は
すこしずつ距離を
とりはじめ
互いのかおりに
戯れる
待っていたんだよ
ずっとずっと
クローゼットの
一番右にある洋服
覚えてますか
着替えるのには
時間がかかります
待っていてくれますか
においを
ひとつひとつ
確かめながら
服を脱ぎ
服を着ます
流れる光
長い階段
終わりのない
エレベーター
電話の向こうの
笑う声
目の前に
高くそびえる
建物
隣には
あのひとがくぐる
鳥居の
小さな神社
コントロールするものは
なにもなく
動きの中に
入っていけばいい
日影
眩い太陽は
アスファルトの道に
極楽を描きだす
三角四角の日影を
飛び石を渡るように
慎重にゆっくり歩く
極楽の輝く光のシャワーは
新しい生きもののように
絶え間なく動き続け
日影に恋をした
階段を下り電車に乗り
階段を上り青山通り
日影に恋した光のシャワーは
人びとの心に幸せを撒き散らし
表参道の信号をすべて赤にする
立ち止まる人の数は溢れかえり
車はどこまでも連なった
それでもみんな笑ってる
風
動機のない風が
街にアクセントをつけていく
家に止まる風
木にとまる風
人に止まる風
止まった風を縫いあわせ
時間を超えた
ためらいの衣をなびかせる
街の目の奥には
路傍に捨てられた
多くの小さい光が集まり
記憶の底に沈殿していく
洗濯物が踊っている
風がもどってきた