詩集「あの日の風景」


【目次】

 

1.涙

2.湿気ったビスケット

3.坂

4.傘

5.イチゴ

6.扉

7.風

8.花瓶の中

9.思いやり

10.もうひとつの時間

11.行かない

12.風の余白

13.静寂

14.見慣れない風景

15.ひと粒

16.50円

17.白湯

18.懐かしい世界

19.たまご

20.あみだくじ

21ワカメ

22.どこにいるのだろう

23.窓の鍵

24.特別

25ハガキ

26夜のはじまり

27.美しい

28.光の柱

29.時

30.ワンピース

31.公衆電話

32.目覚め

33.沈黙

34.旅

35.冬の光

36.梅

37.足跡

38.変わる

39.雑巾

40.物語

41.一夜

42.欲しいもの

43.四季

44.白色

45.うなづき

46.約束

47.無口

48.桜糸

49.フォークの影

50.カーテン

51赤色

52.霧

53.クリームシチュー

54.夜中の桜吹雪

55.見知らぬ道

56.十六夜

57.おいしい

58.涙

59.緑の椅子

60.ほほ笑み

61.だれいつどこ

62.揺らぎ

63.新しい調味料

64.太陽

65.待ち合わせ

66.西瓜の種

67.燃えないゴミ

68.闇の言葉

69.朝陽

70.想い出を売る男

71.光あれ

72.秋

73影絵

74.右と左

75.懐かしい世界

76.ある夏の日

77.金色の空

78.重なる想い

79.流れる光

80.日影

81.舵

82.風


 

 

あなたは

座りながら

言いました


嬉しかったな


なにが

嬉しかったのでしょう


輝く笑顔です
なんでもいいです


嬉しいのなら

わたしも嬉しいです


走りましょう


大切なことは

涙の中にあります


あなたの涙は

美味しいです

 

 

 

 

白色

 

坂を下りた交差点で
あなたを見かけました
それは確か月曜日
それは確か午後2時
思い出せないのは季節です
なにを着ていたのでしょう
いつもの瞳は覚えています
サングラスはかけていない
夏は消しましょう
マフラーはしていない
冬は消しましょう
目の前の桜は咲いていない
春は消しましょう
坂の花水木は色づいていない
秋は消しましょう
どうやら名もない季節だったようです
あなたしか歩いていない横断歩道
白色だけを踏みたくて
大股で歩きました
後の人も横の人も
真似をしていました
その人たちは白色を踏むのを
やめたようです
なにかに抵抗するように
やめたようです
それでもわたしは白色を踏みます
あなたが似合う色だからです

 

 

 

湿気ったビスケット

 

どんな話でも聞きましょう
ビスケットも食べずに
あなたの声の奴隷になります


月の姿はありません
星の姿は数えきれません


それでもいいですか


狐と狸の姿もありません
蟻も数えきれません


それでもいいですか


ビスケットは湿気っています
なにも話さない時間が
ずいぶん過ぎました


ポストに手紙がありました
ビスケットを食べる音が歩き出し
わたしの耳にはあなたの声
ビスケットは湿気っていません


誰かが間違えて
湿気ったビスケットを
わたしたちのお皿に
置いていったようです


せつなさは湿っぽいものです

 

 

 

 

 

蚕の糸のように
風がからだに

まとわりつく春

 

懐かしい坂を
ゆっくりと上る


糸の隙間から

外を見ると
右に曲がった

あの日が


そこにあった

 

 

 

 

 

なにをしているのでしょう


そうですか
ごはんを

食べているのですか


なにを食べているのでしょう


そうですか
カマスと

肉じゃがですか


傘をさすのが嫌いで
雨に濡れるのも嫌い


どうしましょう

雨がやむのを待ちましょう


明日まで降っていたら
どうしましょう


どうなるかわからないことを
考えるのはやめましょう


今は雨音を聴きましょう


すべての雨音が

わかるようになった時
わたしはあなたに告白します


傘はいつも持っています

 

 

 

 

イチゴ

 

誰かに話しました


言葉は誰かの

おやつになりました


イチゴはイチゴ味
マシュマロはイチゴ味


幾何学模様のお皿の中は
不思議な味の物語


イチゴは誰が

買ったのでしょう


イチゴ味のマシュマロは
あの日誰かが

持ってきてくれました


イチゴといっしょに

食べてください
忘れていた言葉は

お皿の中
覚えていなくても
誰かが

覚えていてくれました


イチゴと

イチゴ味のマシュマロを
食べ終わった次の日
おやつになった言葉は
涙に変わりました


本当のイチゴの味が
わからなくなりました

 

 

 

 

 

先に歩いて

扉を開けて

待ってます


あなたは

足をとめました


振り返らなくとも

音でわかります


わたしは扉から

手を離しました


人影も少なくなった街に
人一倍の速度で歩いている女


わたしのようです
落としましたよ


扉の向こうにある

ほほえみを

 

 

 

 

 

いつものように歩きます


しばらく開けていなかった窓
風は部屋に入ることなく
吹き続けています


花はうなだれたまま
洗濯物がゆれてます


風はどこに向かっているのでしょう


追いかけることなく
風の涙をあびながら
いつものように歩きます


風の中は風がないことに
やっと気がつきました

 

 

 

 

花瓶の中

 

おまえが好きそうなのが出てきた
シンブルな彫りのガラスの一輪挿し
中を覗くと昔の名前のわたしがいた
抱きしめよう
ほっておこう
気持ちよさそうに空を見ている
今は雨
花瓶から離れカーテンを開ける
やっぱり雨
花瓶の中はいつも晴
何日たっても晴のまま
おまえが好きそうなのが出てきた
小さい青の絵皿
あの時の花瓶敷きにした
いつ中を覗いても雨
花瓶敷きをはずしても雨
あの日からずっと見続けた
花瓶の中は
あの日から一度も晴ない
昔の名前のわたしは
雨雲の下で見えない

 

 

 

思いやり

 

そんなこともありました
すっかり忘れてました
あなたの笑顔は大好きです
でも
それでも
泣顔も怒顏も好きです
どんな時でも
あなたはあなたです
どんな時でも
漂う空気は同じです
思いやりの眼差しが 
そこにいるわたしを包みます
あんなこともありました
嘘を言いました
すべて覚えてます

 

 

 

もうひとつの時間

 

歩こうが走ろうが
あなたに逢えないのなら
せめて止まることはしないだけ
歩けばつまづき走れば転び
あなたの影すら見えないのなら
せめて泣かずに笑わないだけ
一羽の白鷺が目の前を飛び去り
音のない街の中へ消えていく
どこかで息づくもうひとつの時間
 

 

 

 

行かない

 

時折
細胞レベルで
呼び起こされる
感覚がある
あのひとは
立ち止まり
厳しい目で
わたしを見つめて
言った
「そっちには行かない」

 

 

 

風の余白

 

風が体にまとわりつく
そんな季節になりました
お元気ですか
あの頃
まとわりついていた風が
新たな物語を創り
ひっそりと続きを
語りはじめています
余白に身を置き
蚕のように
風の中に入ります
風はまとわりつくことなく
余白にある色を
教えてくれました
出ましょう
ここから
風の余白には
語り部が
住んでいるのです

 

 

 

静寂

 

あなたに逢いたくて
森の中を彷徨う
相変わらず
勘違いしていると
木霊に叱られた
花も風も知らんぷり
むせ返る緑の乱舞
太陽を浴びるとは言うが
静寂を浴びるとは言わない
すべてのものは
静寂の中に存在する
花のささやき
森のささやき
風のささやき
静寂ゆえに聴こえる音は
わたし自身をこえてゆく

 

 

 

 

見慣れない風景

 

お腹がいっぱい
日差しが眩しい
話がつまらない
眠たくなりました
お茶を飲み過ぎて
喉が渇くなんて
なにを飲めば
いいのでしょう
バラの花は頭を垂れ
先に謝ってくれています
帰ります
ひとりで
困ります
いっしょは
聴きなれた足音は
聞こえません
追いかけてくる雲も
ありません
ひとり歩く道は
見慣れない風景へと
誘います

 

 

 

ひと粒

 

ゴリゴリと
胡麻をする
グリグリと
想いをする
胡麻の最後のひと粒は
ワタシの口の中
想いの最後のひと粒は
アナタの口の中
毎日交代しながら
繰り返される
たましいの味

 

 

 

50円

 

ピザトーストは
ツナトーストより
50円高いです
10円で
あなたの想いを
買いましょう
10円で 
あなたの夢を
買いましょう
10円で
あなたの希望を
買いましょう 
そうですか
あなたの影は30円
想いも夢も希望も
どれも大切です
じつはツナトーストは
あまり好きではありません
ピザトーストを食べます
あなたの想いと夢と希望は
チーズの中に溶け込んで
わたしの一部になりました
ほらほら
買う必要は
なくなりました
いつでもどこでも
あなたの
想いと夢と希望と共に
笑いながら
歩きましょう

 

 

 

白湯

 

白湯がからだに染みる
遠い地の風が
目の前で風吹となり
かつて想像した顔が
渦の中に浮かびあがる
吐息は空気の柱となり
知性と感情を込めて
吐き出され
色づく秋の背後に潜む
無意識のヴェールは白湯の中 

 

 

 

懐かしい世界

 

交差点の角に建つ
古びたアパート
東側には白粉花が
アスファルトに 
頬ずりしながら
機嫌よく咲いている
傘をさす人
ささない人
図書館で本を返す人
借りる人
靴音する人
しない人
雨粒を
手のひらにのせ
呪文を唱えて
花にする人
鳥にする人
体験や思い出は
人々に投宿し
非情にも
襲いかかってくる
日常のもつ
生活のようなものに
無理なく心が通い
長い裾は色を変える
明日に写しだされる
懐かしい世界は
季節の営みと
深く結びついている

 

 

 

たまご

 

 

たまごを割りました

なにを作りましょう

あとにします

たまごを割りました

ぽとんぽとん

芸術的なカタチで

並んでいます

たまごを割ったのですから

なにかを作りましょう

いえいえ作らなくてもいいのです

できあがっています

割ったのですから

それだけでいいのです

 

 

 

 

 

あみだくじ

 

街のどこかを 
あなたが歩く
足音がこだまする
あなたが歩く下で
あみだくじをしている
風があたたかい
もうすぐ春がくる
夜更けに
あみだくじをしている
いくら歩いても
あなたに逢えない
なんだ
終わりのない
あみだくじか
足音だけが
ふたりを
響きあわせる

 

 

 

ワカメ

 

新鮮なワカメが
お湯の中でゆらゆらと
緑色になった夜
あなたは肩が凝って
笑いが嘘まじり
いつか行った遠い国を
ゆっくり思い出す
風の色を覚えてますか
大地の寝息を覚えてますか
葉っぱに手紙を書いて
わたしに送ってくれました
わたしは何をしてあげたのでしょう
あの時もあなたは肩が凝っていた
わたしは毎日マッサージを
してあげました
新鮮なワカメは終わりです
冷蔵庫の中にもありません
あなたの笑顔はホンモノ
笑いながら頭をかくクセは
いつものあなたのサインです

 

 

 

どこにいるのだろう

 

どこにいるのだろう
ここにいます
きっとここにいるのでしょう
ダージリンに
ミルクをいれてはいけません
流しに吸い込まれる薄茶色
どこにいくのでしょう
どこでもいいです
きっとどこにもいかないのでしょう
止まったままの風は
マンホールの中で隠れています
ひとつづつ覗いています
風の声が聴こえたのは
たまにしか開かない
パン屋さんの前にある
赤いゼラニウム
ピンクはいけません
赤にしてください

 

 

 

窓の鍵

 

目をそらすあなたのために
窓の鍵を開けましょう
裸足で飛び出すのは
多分わたし
季節を一周して今は夏
瞬きしない目は雲の奴隷
哀しいほどの青空は
私の名前を消し
知らない名前を呼び続ける

 

 

 

特別

 

犬が一歩二歩と歩けば
オレンジ色のコスモスが
時間の壁を食べながら揺れる
道ゆく人はしゃがみこみ
神聖な場所へと横すべり
自動ドアが壊れたパン屋さんで
タマゴサンドとツナサンドを買う
小川のベンチは満員御礼
坂道を上った公園は
タマゴサンドを手に持ち
ツナサンドを食べている
人と人と人で溢れている
神聖な場所は
ひとりのための
特別な場所
誰にも誰かの姿は見えない

 

 

 

 

ハガキ

 

急ぐ足どり向かい風
時計を天高く放り投げ
風とどこまでも力比べ
ハガキが一枚落ちていた
雀が宛名を書きはじめ
あなたにと受けとった
進入禁止の標識で折り返し
家に戻ればドアから溢れだす花
白紙のハガキの裏には
いつの間にかたくさんの雀の足跡
風が穏やかに髪を揺らす

 

 

 

 

夜のはじまり

 

深い悲しみを
大切に持ち続けている
千鳥足で透明な声が
スピーカーから流れている
黄色のサングラスは
鎌倉彫のタンスの
上から二番目の引き出しの中
夜のはじまり
今朝の残りの鮭で
俵型のおむすび作り
ベンチと出逢えばこんばんは
座ってひとつ食べ
知らない街まで歩き続ける
ジグザグの手すりを
手のひらで受けとめ
透明な声は
深い愛を楽しんでいる

 

 

 

 

美しい

 

トランペットの音が
雨に溶けこむ午後
頭にオウムを乗せたワニが
大きな口を開けた
伊豆の海がやってきた
太陽が輝き風景が美しい
人々の透明な煌めきが美しい
ああ暮らしとは
こんなにも美しいもの
ワニが口を閉じ
オウムが夢心地の顔で寝る

 

 

 

光の柱

 

遠い日々の声が
今日の声に変わり
明日の目覚ましになる
つまんだ愛おしさは
鹿の角にとまり
巨大な光の柱と化し
吐息を我慢しながら
深い抱擁をくりかえす
閉じたノートを開き
15ページ目から
書きはじめる
遠い日々の声は
未来から近づいてくる

 

 

 

 

 

流れゆく時を
めぐりめぐる
季節の中で
感じることができる
四季は
たしかにあり
その中を時は
無窮の彼方へと
止まることなく
進んでいる
雫の中にある
過去に挨拶し
未来を写す鏡へと
変化する
偉大なる勘違いが
支配する世界

 

 

 

ワンピース

 

りんごの花の頬紅につけて
石畳に伝言をたくし
坂をのぼれば
眉毛のある猫とにらめっこ
誰かが落とした振込書
誰も拾わない電気ガス水道
スキップひとつでどこへ行く
一昨日のワンピースは脱ぎすて
裏返しの香りの中で
遠い記憶に刻まれた声と
注意深く戯れる

 

 

 

公衆電話

 

電話機のない公衆電話の箱
静かに扉を開けて中に入る
うごめく空気と匂い
ガラスのスクリーンには
多くの人の笑いと涙
男の欲望と女の意地
蟻の足音蝿の羽音
過ぎ去った日への愛撫
扉を開けた瞬間
手のひらに黄色の葉
秋なんだと扉が閉まる音

 

 

 

目覚め

 

遠くにみえる山々
赤い葉をいちまい
明日の口紅の用意が整う
顔を洗った手で
飴の袋を破り
一粒じっくりと味わえば
明日の敬意が空に写しだされ
急ぎ足で歩く人々の心に
氷ができた音を忍ばせる
なんの音
明日の朝どんな言葉で
目覚めるだろう

 

 

 

沈黙

 

すずめの群の中を
ごめんねと謝りながら
一直線に駆けぬける
振り返ると
飛びたつすずめは
ただの一羽もいない
ここはおとぎの国
増築中の家
規則正しく並ぶ自転車
不規則に置かれたマンホール
どれも美味しそうだ
雀はかれらの約束の中で
静かに足をとめている
沈黙の中には
安心と寛ぎの言葉が
すでに含まれていた

 

 

 

 

昨日の夜のお茶っぱは
広大な空を漂う素振りで
腕をぐいぐい引っ張り
たった一行の
言葉を見つける旅に
窮屈な同行者と共に
飛び出した
お腹はいっぱい
眠くない
どこまでも
行けそうな朝
犬の手の中
猫の髭の中
鳥の声の中
木の葉の中
石の苔の中
どう組合せても
言葉にならない
空白にいれる
たった一文字の
言葉を見つける旅は
いつもの日常の中で
踊りだす

 

 

 

 

冬の光

 

冬の光は
昨日の空を
今日に内包し
地上にあみだくじをおとす
甘い影は鼻息荒く
こっちこっちと誘惑する
この影踏んで
あの影踏んで
それからそれから
あそこの影を踏む
冬の光は遊び上手
さっきまであった影は
跡形もなく
思考は停止し
影まかせ

 

 

 

 

いつもの道に
梅が咲いてます


知らない人が
電話の向こうで
話しています


知らない声で
知らない話し方で


あなたは誰ですか
わたしは誰ですか


知っています
顔は知っています
思い出も知っています


梅の花の悪戯です
こっちに来てください
そっちに行きましょう


こっちもそっちも
やめましょう


坂の下の青いポストの前で
待ちあわせましょう

梅の花に伝えときます

 

 

 

 

足跡

 

 

あなたが

むこう側から

歩いてきて
わたしが

こちら側から

歩いてきて
橋の上で

出逢った

 

いま

ひとりの

足跡しかないのは
同じ道を

歩き始めた証

 

わたしは

あなたの
足跡の上を

歩いている

 

 

 

 

 

 

時が流れ季節が変わる

それだけのこと

たいしたことではなく

特別なことでもない

花が咲き

汗をかき

葉が染まり

ポケットに手を入れる

冬がきたとひとりごと 

 

 

 

雑巾

 

ぼたぼたと
水がたれる
雑巾を持って
梅が咲いている
小径に行きましょう
あなたがわたしの
道を知るようにと
ぼたぼたと
水をたらして
歩きます
梅の木の根元で
雑巾を
絞りましょう
思い出を
拭き取りながら
帰ります
思い出は
ひとりの中には
ないのです
語る人がいて
はじめて
思い出と
なるのです

 

 

 

物語

 

まとわりつく風と
つきはなす影の間に
迷い込んだ時
なぜか
涙ぐんでしまいます
人の物語は
いつも
せつなさから
はじまるものです

 

 

 

一夜

 

あなたはあなたの 
名を叫べばいい
わたしはわたしの
名を叫ぼう
宇宙に木霊する
その音は
あなたにはわたしの声が
わたしにはあなたの声が
その音しか
聞こえない
一夜がある

 

 

 

 

欲しいもの

 

なにもいりません
笑ってください
ひとつだけ
欲しいものが
ありました
あなたの涙です

 

 

 

 

四季

 

春には
あなたの
髪をとかしましょう
夏には
あなたの
汗をふきましょう
秋には
あなたの
お耳をおそうじしましょう
冬には
あなたの
心をあたためましょう
そしてまた春がきたら
あなたの髪をとかしましょう
繰り返される
四季ですが
繰り返される
四季での営みですが
かけがえのない
繰り返しに
涙を忘れては
いけません

 

 

 

白色

 

坂を下りた交差点で
あなたを見かけました
それは確か月曜日
それは確か午後2時
思い出せないのは季節です
なにを着ていたのでしょう
いつもの瞳は覚えています
サングラスはかけていない
夏は消しましょう
マフラーはしていない
冬は消しましょう
目の前の桜は咲いていない
春は消しましょう
坂の花水木は色づいていない
秋は消しましょう
どうやら名もない季節だったようです
あなたしか歩いていない横断歩道
白色だけを踏みたくて
大股で歩きました
後の人も横の人も
真似をしていました
その人たちは白色を踏むのを
やめたようです
なにかに抵抗するように
やめたようです
それでもわたしは白色を踏みます
あなたが似合う色だからです

 

 

 

 

 

うなづき

 

どれほど逢いたかったでしょう
うなづくわたしに
わたしはうなづきましょう
眠くなりました
あくびは出ません
ソファーに身をたおし
あなたの声を探します
鏡はあなたとわたしを
閉じ込めました
鏡の中であなたに逢いました
ソファーで寝ているあなたは
うなづいています

 

 

 

 

約束

 

桜の木に寄り添い
ひと休み
女は遠い目
枝先に花2輪
遠い日に交わした
約束を
近くまで手招き
約束とは
言いかえれば
悲しみだ
悲しみの中には
新芽がたくさんあり
そのひとつひとつは
古代に生まれた約束を
語りはじめる
桜よ桜
あの日の約束は
どこに咲くのか

 

 

 

 

無口

 

たくさん話したら
たくさん寝ます
たくさん食べたら
たくさん寝ます
たくさん寝たら
しばらく
無口になります
話すことは
たくさんあります
あなたの手が
温まりはじめました
そろそろ
約束のはじまりです

 

 

 

 

桜糸

 

桜糸で
縫った
石座布団には
縫い閉じられた
優しさがある

 

 

 

フォークの影

 

スプーンとフォークと箸が
並んでいます
スプーンでスープを飲み
箸で皿うどんを食べます
フォークで
なにを食べましょう
あとはなにもありません
皿うどんを
フォークで食べたら
味が変わるでしょうか
フォークを待っているのは
スープの中
ゆっくりと探しましたが
フォークは哀しげに
スープの中
仕方がないです
どうしようもないです
帰りましょう
温かい灯も消しました
外は暗く風はなく
フォークの影は
幸せそうです

 

 

 

カーテン

 

カーテンを
開けましょう
そのむこうの今は
どれほど輝いているか
あなたは
知らないでしょう
無理もありません
涙で曇った世界は
すべての存在を
消してしまいます
カーテンは
すぐそこにあります
手を伸ばしただけでは
届きません
少し歩いてください
小鳥がさえずるように
歌いましょう
世界はあなたを
見つめています

 

 

 

赤色

 

赤色の洋服を
着ましょう
嫌いだということは
知ってます
一枚も
持っていません
隠してもいません
夢の中でも
着たことがありません
知ってます
わかっています
ひとつだけ
知らないことがあります
なかなかそれは
わからないものです
赤色がどの色よりも
似合っています

 

 

 

 

霧がかかると

鳥が歌うのをやめる


かれらも

静かに霧の声を

聴いているのだろう


鳥がいなかったら
世界はなんて

静かで

寂しいのだろう

 

 

 

 

クリームシチュー

 

クリームシチューを
食べ続けています
飽きない
まったく飽きない
また食べたくなる
そして食べ続ける
なんで飽きないのでしょう
わかりません
この世の中に
答えはあるのでしょうか
すべてにおいて
答えはありません
だから明日も
クリームシチューを
食べるのです

 

 

 

夜中の桜吹雪

 

あの日わたしの中指は
包帯が巻かれていました
うまく箸が持てません


和食屋でフォークを
頼んでくれました
唐揚げを

フォークで刺しました
がぶっと食べました
箸とフォークでは
食べ方も変わります


私の前にある箸と箸置きは
汚れないまま

忘れ去られていました
あの箸は誰かの手の中

季節は春だったのだと
桜の箸置きが

教えてくれました


桜の箸置きは
人々が寝静まった真夜中に

派手に乱舞しているのです

 

 

 

 

見知らぬ道

 

自転車で走る道を
はじめて歩く
こんな店あんな店
ここにも花あそこにも花
見知らぬ人の会話
見知らぬ猫の動き
知り尽くした道は
見知らぬ道へと変貌する
知らない道を探し続け
知らない道を歩き続ける
知る人を探し
孤独を紛らわすより
知らない人に囲まれた道は
当たり前の孤独が
先に歩いていた

 

 

 

十六夜

 

やさしいなんて
簡単に言えません
ただそこに
いてくれているのです
佇まいは言葉を超えます
誰かが言ってました
音楽は言葉を追い越すと
誰かが言ってました
抱きあいは言葉を追い抜くと
月明かりで目覚めた朝
奏でる音が
確かな抱きあいを呼び覚まし
鏡の中を変えました
十六夜のやさしさは
涙を伴うものです

 

 

 

 

おいしい

 

やさいをたべた
にくもさかなもたべた
すーぷをのんだ
こうちゃものんだ
どのあじも
どのあじも
どのあじも
おぼえていない
なによりも
かいわがおいしかった

 

 

 

 

キミ 
口がさけちゃうよ
大きな口あけて 
笑ってる
涙ながして 
笑ってる
泣いた顔は 
夜空の星にあずけて
泣きたくなったら
とってくればいいさ

 

 

 

緑の椅子

 

 

緑の椅子がありました
こっそり座って
空を見ました
風の中に
愛の言葉が
たくさん隠れてました
どれが欲しいかと聞かれ
どれもいらないと答えました
その言葉に
縛られるのが嫌だからです
緑の椅子が
ひとつ増えました
座っている
あなたの言葉が
欲しいです

 

 

ほほ笑み

 

 

なんで泣いているのですか
失礼しました
笑っていたのですね
なんで笑っているのですか
失礼しました
泣いていたのですね
笑うことは幸せを運ぶそうです
笑うと賑やかです
まっすぐ行って
突き当たりを右に曲がり
さらに行って
突き当たりを左に曲がると
涙の捨て場所があります
捨てたければとうぞ
ひとつ教えましょう
チョコレートを食べながら行くと
真実がほほ笑んでくれます
笑いました

 

 

だれいつどこ

 

 

だれかがどこかに行った
いつかどこかでと言った
確かなことが欲しくて
絶え間なく質問した
だれかってだれ
いつかっていつ
どこかってどこ
どんな質問にも
答えない
確かなことも答えも
なにもない
夜に起きだす花は答えた
言葉よどこかへいってしまえ
明日の太陽に逢うために
夜から準備する
だれかのいつかのどこかのために
今を蹴飛ばし準備する

 

 

揺らぎ

 

 

満ち足りたものの
影にある不確かさ
不確かさの中にある 
このうえない幸せ
揺らぐ心は
規則正しいしま模様
揺らぎは
意外なまでに几帳面
輪ゴムを探して
輪投げ遊び
捕まえた影は
うるさいほどに
喋りまくり
時は湯気をだしながら
誇り高き笑みを
静かに浮かべている

 

 

新しい調味料

 

 

あなたの涙の味は 
美味しかった
一滴一滴
違う味だった
手のひらで混ぜて
新しい調味料をつくった
たくさんの新しい料理
みんな美味しいと
喜んでくれた
不思議と調味料は
なくならなかった
涙はいらないと
あなたが決めた

 

 

 

 

太陽

 

 

アノヒトは

自分のことを

太陽だと言う

降り注いでる

希望の光に

人も

動物も

虫も

急ぎ足で

集まる

アリを

手のひらにのせ

親愛の光を

 

浴びさせる

 

 

 

 

 

待ち合わせ

 

 

風がまとわりつく
季節になりました
お元気ですか
そろそろ待ち合わせしましょう
いつも木陰が心地良い
あのマンサクの木の下は
いかがですか
動物園の入口もいいですね
天ぷらが美味しい
あのうどん屋さんがいいですか
右手をあげて登場する姿の
足音は聞こえてきました
待つのは風
待たせるのも風
風はただの風になりました

 

 

 

西瓜の種

 

知れば知るほど
気配はいなくなります
知りたがりの定めなら
かぎりなく素直に
受け入れなければいけません
知りたくないのなら
忘れる魔術を
身につけなければなりません
小玉の西瓜を買いました
半分に切って
また半分に切って
見える種は流し台に捨てます
見えない種を食べたら
知ったことといっしょに
土の中にしまいます

 

 

燃えないゴミ

 

 

セロテープを

買いにいきました

ホチキスも定規も

買いました

セロテープで

なにを貼りましょう

ホチキスで

なにを閉じましょう

定規で

なにを測りましょう

聞かなくても

わかっています

言葉として

聞きたかっただけです

明日のお弁当は

捨ててもいい

入れ物にします

お弁当と一緒に

セロテープと

ホチキスと

定規を包みます

食べ終わったら

いっしょに捨てます

想い出を

貼るのはやめます

言葉を

閉じるのもやめます

縮まらない距離を

測るのもやめます

虚しさに

泣き叫ぶ夜があっても

丸出しの顔のまま

ゴミを捨てにいきます

明日は

燃えないゴミの日です

今夜は

泣いていい日です

 

 

闇の言葉

 

 

気だるい夜

電話の向こうで話している

男は

女に

なにを伝えようとしているのか

闇の音が気になりすぎて

肝心の男の言葉が

女には聞きとりづらい

不協和音のまま

電話を切る

女には

たいして高くないビルが

宙に浮いているように見えた

黒とも紺碧とも言えぬ

空の色のせいだろう

虫の声が響きわたり

外は

心地いい秋風が

吹いているというのに

なんて蒸し暑い夜だ

女は部屋にはいり

冷房をいれる

言葉をもつ男は

言葉をもたない女を

愛しはじめた

 

 

朝陽

 

 

朝陽が扉をたたく

静寂の中

古い柱時計が扉をあける

鳩が顔を金色に輝かせ

街は昨日のため息を飲み込む

顔をふいたタオルが

しなやかに風に揺れ

正しい場所で世界をみている

完全なものは

偶然の中にしかない

がらんどうに見える

洗いたての空気は

いつも長い物語に満ちている

 

 

 

想い出を売る男

 

 

灯りはとっくに消えている 

店の窓ガラスにわたしを押しつけ 

あなたはほほ笑みながら言った

 

キミはどこにいるの?

 

あなたが好きなこの街を

今日もわたしは歩いてる

ある晴れた日

想い出を売る男と出逢った

わたしは思わず財布を出し

 

いくらですか?

 

男は答えた

 

あなたが欲しい想い出は

タダです

 

 

カレーうどん

 

 

久しぶりにカレーうどんを食べた

目の前にあるカレーうどんを見ながら

あの店のカレーうどんが食べたいと思った

あの店のお新香も食べたいと思った

あの店で話したいと思った

そんなこと思いながら

目の前にあるカレーうどんを食べた

お新香はなかった

話しもなかった

汁をぜんぶ飲み箸入れに箸を半分いれて

ガタンと席を立った

ここは自分の家だった

 

 

光あれ

 

 

川は流れ

風は踊る

名も知らぬ花は

時に身をゆだね

名も知らぬ虫は

かれらの世界で

花と共に

深い眠りにつく

目覚めれば

川には風の船

準備が整った花と虫は

目指す旅路へと向かう

光あれ

 

 

 

 

夏から秋になり

半袖から長袖になった

嫌いな靴下を履き

好きな栗を食べる

あなたは近づき

音は遠ざかる

秋はそれだけのこと

都会を見下ろす白鷺は

ビルの谷間へ消えた

はじめの一歩で

白鷺のいる小川に

たどり着く気がした午後

 

 

影絵

 

 

わたしの強さは

あなたがいてくれるから

わたしの弱さは

あなたがいてくれるから

矛盾だらけの強さと弱さは

気まぐれに交代します

影絵に夢中になっていた時

影はどっちの姿を見せているのだろうと

真剣に見つめ続けていました

わかるわけないのです

強い時は強さしか見えず

弱い時は弱さしか見えないものです

それはたとえ影でも

こんなこと考えていると

眠くなってしまいます

きっとどうでもいいことだからです

 

 

 

右と左

 

 

ぶつかります

止まることは選びません

気どってよけます

傘を持つ手を

右手から左手に変えただけで

風景は変わります

顔を右から左に変えただけで

意識は変わります

そんな簡単なことを

真剣な眼差しで

教えてくれたあの日

あなたは最初と最後は

照れながら笑っていました

傘を持つことも

顔を曲げることも

すべて捨てました

ぶつかる快感を選びました

それはとろけるような甘さだと

真剣な顔で笑ってました

わたしもぶつかってみましょう

あなたと一緒にとろけるために

 

 

 

懐かしい世界

 

 

交差点の角に建つ古びたアパート

東側には白粉花が

アスファルトに頬ずりしながら

機嫌よく咲いている

傘をさす人ささない人

図書館で本を返す人借りる人

靴音する人しない人

雨粒を手のひらにのせ

呪文を唱えて

花にする人鳥にする人

体験や思い出は

人々に投宿し

非情にも襲いかかってくる

日常のもつ生活のようなものに

無理なく心が通い

長い裾は色を変える

明日に写しだされる

懐かしい世界は

季節の営みと

深く結びついている

 

 

 

 

ある夏の日

 

 

ある夏の日

ただ風景の中にいた

ただ風の音を聞いていた

ただそんなことしかしてなかった

 

ある夏の日

ひとつのことしか見つめていなかった

確かななにかを信じていた

ただいまと言えるから

おかえりと聞こえるから

ただそんなことしかしてなかった

 

雲は変化するから美しい

あのひとが言った

 

雲は変化し

木々はかたちを変えていく

その美しさの奥に

変わらない美しさがあることも

あのひとは教えてくれた

 

 

 

金色の空

 

 

笑えばどこにいくのか

知らない

泣けばどこにいくのか

知らない

何度もそこにいっては

二度といかないと誓う

オオカミ少年はここにいる

誓いは何度も破られ

数えきれないほど

そこにいく

たいしたことないさ

泣きたいだけさ

瑠璃色のテーブルに

プチデニッシュを並べて

食べずに眺める

見たか見たか

空は金色に輝いている

実はその空が見たいんだ

 

 

 

 

重なる想い

 

 

拒み続けた

想いは

においたつ空に

従う

まとわりついていた

風は

すこしずつ距離を

とりはじめ

互いのかおりに

戯れる

待っていたんだよ

ずっとずっと

クローゼットの

一番右にある洋服

覚えてますか

着替えるのには

時間がかかります

待っていてくれますか

においを

ひとつひとつ

確かめながら

服を脱ぎ

服を着ます

 

 

 

流れる光

 

 

長い階段

終わりのない

エレベーター

電話の向こうの

笑う声

目の前に

高くそびえる

建物

隣には

あのひとがくぐる

鳥居の

小さな神社

コントロールするものは

なにもなく

動きの中に

入っていけばいい

 

 

日影

 

 

 

眩い太陽は

アスファルトの道に

極楽を描きだす

三角四角の日影を

飛び石を渡るように

慎重にゆっくり歩く

極楽の輝く光のシャワーは

新しい生きもののように

絶え間なく動き続け

日影に恋をした

階段を下り電車に乗り

階段を上り青山通り

日影に恋した光のシャワーは

人びとの心に幸せを撒き散らし

表参道の信号をすべて赤にする

立ち止まる人の数は溢れかえり

車はどこまでも連なった

それでもみんな笑ってる

 

 

 

動機のない風が

街にアクセントをつけていく

家に止まる風

木にとまる風

人に止まる風

止まった風を縫いあわせ

時間を超えた

ためらいの衣をなびかせる

街の目の奥には

路傍に捨てられた

多くの小さい光が集まり

記憶の底に沈殿していく

洗濯物が踊っている

風がもどってきた