シカオとクマコ

 愛の物語〜

目に青葉 山時鳥 初鰹

満開の桜が散り

樹々が青々と芽吹く5月。

山々に生息する鹿にとっては

年1回、最高にして最大の

グルメの季節となる。

新緑が瑞々しい樹林の中は

食べても食べても

食べ尽せぬ晩餐会が続く。

柔らかい若葉、木の芽。

そして、歯にやさしい若草の葉の

シャリシャリ感。

もう見渡す限りのごちそう空間と

24時間食べ放題の旬の植物満載の

ごちそう大会の季節である。

 

遥か数ヶ月前

雪と氷に閉ざされた

極寒の岩山の中を

一片の緑を求めて

血眼になり

よろめく足を引きずり

さすらったあの空腹と飢餓の冬は

一体なんだったんだろうとさえ思う。

シャリシャリと

心地よい咀嚼音を響かせて

新緑に舌鼓を打つこの満足感。

食料豊富、絶対安全なこの林の中で

食べ放題を満喫し

至福の時を味わうこと以外

今は何も考えないのが得策だ。

口一杯の若葉を噛みながら

 

シカオは

 

「やっぱり街へ出よう」

 

と思っていた。

美味しそうに食事をする

周囲の数頭の仲間を見つめながら

頭の中では

あのことに思いが至り

胸が高鳴る。

 

忘れもしない二年前

人里まで危険を犯し下りて

口にした国道沿いのネコヤナギの芽。

あの微妙なお味を思い出すと

矢もたてもたまらなくなる。

超一流のフォアグラを喰わんが為に

2万キロ15時間の飛行をしてまでも

パリのレストランを目指す

食客がいるように。

一皿わずか60円の

水餃子の味が忘れられなくて

香港まで往復8万円も払って

出かける人がいるように。

やっぱり、あのネコヤナギが

どうしても

 

「チョ〜喰いてぇ〜!!!」

 

とシカオは叫んだ。

26時間以上かけて

彼は慎重に山を下った。

 

絶品のグルメは頭に思い描くと

高ぶる心が激しく

正直あせりまくりのだが

決してそんな感情を

外面・表情に出さないのは

シカオの生き方であり

ダンディズムであった。

 

無表情に

トコトコと一昼夜半かけて

里を目指し歩き続けた。 

 

自分の記憶が正しければ

目的地は近い。

 

 

もう少しで到着のはず。

確か、国道沿いに流れる小川の脇に

数本のネコヤナギが

はり出している筈だ。

 

あの最初の一口。

シャブリの旨さといったら

もう例える言葉がないくらい

すごかった。

シカオの進む道の両側には

実になんというか

美味しそうな樹々や

未だかつて

見た事も味わった事もない

花や実も一杯あったが

つまみ食いはガマンした。

美味しいものを食べる前に

それ以外のものは

一切食べてはダメなのだ。

絶対に! 

ネコヤナギに対しても

失礼なのだ。

最高の美食の想い出が

2年の時を経て再び

現実となる寸前

目を疑った!

ネコヤナギのあるべき場所が

新しく交差点となり

新装開店の

コンビニエンスストアまで

建っているではないか~〜〜!

 

「ウ・・・ウッソだろう!!!

 あ‥あの木を

   切っちゃったのか~~~!」

 

体中の力が抜け

失望と絶望で倒れそうになる。

山奥から

36時間百キロ以上歩いてきた

疲労が徒労に変わり

ドドッと噴出する。

 

「いや‥待て! 

 きっとあのコンビニの

   裏あたりに

 あるかも知れないぞ。

 絶対にそーに決まってるもんネ。

 喜びの前に

 苦難が来るのが世の常ですからね。 

 マラソンで35㎞あたりが

 勝敗の分かれ目。

 試練ですよ‥これは。

   そうに決まってるな」

 

襲い来る不安を押えて

胸中呟く。

心の動揺はあろうとも

決して顔には出さないシカオ。

あくまで凛と無表情に

シカオは気持ちを整え直した。

 

「よ〜し!!!
 交差点を渡って探そう」

交差点を渡ろうとした瞬間に

目の前に異様な奴が現れた。

 

クマだ!

 

 

未だ若いというより幼ない。

俺の体重の3倍はある

超ド級の奴だ。

 

「クマは肉食獣だが

 主食は鮭とか魚類の筈だよな」

 

ジーッとクマを見据えながら

シカオは懸命に考えた。

 

「俺たちシカを襲う例は

 あまり聞いたことない。

 いやあるかもな。

 奴ら真冬に冬眠してるから

 真冬に出会うこともないだけか。

 それにしても

 なんでこんなとこにいるんだよ」

 

シカオは焦る。

 

自分自身が

こんな人里のド真ん中まで出張り

交差点に待っている間抜けさや

危険については

自覚も反省もないままに。

 

クマの様子を眺めているうちに

シカオはおもわず笑ってしまった。

 

好奇心旺盛

ムチャクチャおバカな奴である。

道の真ん中で

バタバタと走り回わり

コンビニの外にある自販機に

ドカーンと体当りしている。

ガシャーンという音がして

自販機からコーラ缶が

2本飛び出した。

そいつを引っつかむや

ブシャーッと缶がつぶれ

顔から上半身

ビッショリ泡にまみれて

ピョンピョン飛びまわっている。

 

「バカだよな‥あいつは!! 

 店員に見つかっても知らないぞ」

 

シカオが呟いた瞬間

 

「コラーッ!!!

 いたずらすんな!!!

 ガキども〜!!!!!!」

 

ストライプの制服を着たお兄さんが

案の定飛び出して来た。

「ヤバッ!!!」

シカオは全速力で、右に道路を突っ走り

コンビニの向いの木立に、身を隠す。

そーっと頭をあげて

その後の状況を覗いてみる。

 

「クソタレーッ!!!

 コーラ2本もやられちまった。

 最近ここいらの高校生も

 とことんワルになりやがって!

 今に、包丁持ってウチを襲い

 コンビニジャックなんてことに

 なるんじやねぇか・・。

 17歳あたりは、なにを考えてんだか

 まったくよ!!!」

 

と炸裂したコーラ缶を

クズ入れに投げ込み

店へ戻る若い店員の

口惜しそうな後ろ姿。

 

シカオは、あっけにとられながら

 

「結構、身のこなしの素早いクマだ。

 あいつ見事に消え失せている。

 まぁ〜同じ山暮らし。

 野生の仲間が人間に

   痛めつけられるのは

 見たくない。それにしても

   奴はどこに消えちまったんだ!?」


次の瞬間、信じられない光景に

目を疑ってしまった。

コンビニの裏側から

俺の夢にまで見た大好物

あの逸品のネコヤナギを

枝ごと無残にもぎ切って

肩に背負ってヒョコヒョコと

あのクソグマが登場したのだ。

 

「やっぱりな・・コンビニの裏側に

 あったんだ」

 

シカオは満足感にひたるのも束の間。

キチガイグマに大好物のネコヤナギを

根こそぎ奪われた怒りで

シカオはスクッと立ち上がった。

バシッバシッバシバシバビーン

 

肩にかついだ

ネコヤナギの束十数本を

奴はメチャクチャに振り回し

コンクリートの国道に

何度も叩きつけ

腰を振って遊び始めた。

 

「ウーウーッ!!!!!!!!!!

 やめろ・・やめてくれ〜!!!」

 

灰色のビロードに包まれた

柔らかで美味しそうな

芽と実が

残酷なまでに

ブチャーッと道で潰れ

何十個の実が

遠くへ飛び散っていく。

3歳の子供が

思いっきり玩具をぶつけて

壊すように

無心で遊んでいる。

 

「絶対に許さないぞ!!!

 オレのごちそうに

 なんてことを・・

 やめてくれ・・・」

 

シカオの目には

涙が溢れる。

 

もう・・この場に及んで

おっとりとした

無表情のシカオでは

いられない。

 

トットットッと

速足から駆け足

全力でクマに向かう。

目は血走り

心臓は早鐘のように打ち

必死に歪む形相で

クマに直撃を挑む

こわ〜い顔である。

 

「や・・やめろ〜!!!

 クマさん!!!」

 

やっぱり怖いから

敬称をつけて

呼んでしまう。

それでも

舗装道路に容赦なく

柳の枝を叩きつけて

委細かまわず遊まくる

クマさん。

 

「お願いだ〜!!!

 クマさん・・

 や・やめてくれ!!!

 私の夢のごちそうを・・・」

 

哀願して土下座する

シカオだった。

いきなり目の前に現れた

巨大なシカを見つめ

不思議そうな表情をするクマさん。

枝の束を持ったままクンクンと

鼻を突き出してシカオの体を

嗅ぎまくる。

 

「ゲゲーッ!こいつ・・

   オレを喰うつもりかな?」

 

1、2歩後ずさりするシカオ。

 

クンクンとシカオの長く伸びた

脚の付け根や下腹部のあたりに

黒く濡れた鼻頭を押し付けてくる

クマの妙に真剣な表情。

 

「おい!やめろよっ・・私はオス・・

 母親じゃないから

   ミルクは出ないよ・・

 こいつ〜は意外と子供だな・・

 やめろって!!!

 くすぐったいよ

 ヒャッヒャッ」

 

笑いをこらえて懸命の形相で

拒絶するシカを押し倒すように

グイグインとクマは全体重を

ぶつけてくる。

子供かもしれないが

体重は2百㎏以上はゆうにある。

 

「勘弁してくれ・・」

 

シカオは追い詰められ

ドッカーンとコンビニのガラスドアに

押しつけられ悲鳴をあげた。

 

「また騒いでんのかよ~!!!

 悪がきが!!!!!!!」

 

レジを飛び出しホウキを手に

入口ドアへ走り出す店員の足が

ピタリと止まる。

その次の瞬間

クマとシカと合わせて

3百㎏の2頭がコンビニ内に

なだれ込んできた。

店員の口から

 

「いらっしゃいませーっ」

 

と、マニュアル通りの言葉が

出てきたのは哀しいものがある。

次の一瞬

 

「わわあーッ!! 

 助けてえーッ!!!!」

 

と、レジの奥へ逃げ込み

身を伏せるのが精一杯。

 

ドンガラガッターッ!!!

 

2頭はガラスの壁を大半ぶち壊し

店内へ突入。

店の中を

メチャクチャに暴れ走り

食料品棚を根こそぎ倒し

マガジンラックをひっくり返し

おでんの鍋を吹っ飛ばした。

これでわかると思うが、この店は

セブンイレブンのチェーン店である。

半狂乱で2頭は店内を走る。

出入口もここまで悲惨にはならない

というくらい破壊した。

 

「シカと・・クマが・・

 信じてください。

 店を壊して・・メチャクチャです。

 猟友会も呼んでください・・殺される・・

 ほんとうなんです!

 早く・・お願い・・」

 

ほとんど壊れた

キャッシャーレジの下で

丸くなって震えて

ポロポロ泣きながら

電話している店員の、哀れな姿。

最後の気力を使って

警察へ必死の救出を懇願した。

最後の気力を使って・・。

 

 「お・・落ちつけ・・落ちつくんだ。

 クマさん・・このままじゃ

 オレたち殺されるぞ・・こんなに店を

 メチャクチャにしたんだから。

 なんとかふたりで逃げよう」

 

とりあえず、シカオが半狂乱から立ち直り

暴れまわる幼いクマに必死に呼びかける。

ひとしきり暴れ回ったクマは

ピタリととまり

シカオを見つめるや否や

その目からボロボロと

涙をこぼし

 

「ママーッ」

 

と呟きしゃくりあげる。

とても寂しそうで悲しい表情だ。

 

「やはり子供なんだ・・

 迷子になっちまったらしい。

 この大きさで小熊とすると

 エゾヒグマかァ・・一体こいつは

 どこから迷っちまったんだァ。

 まァ仕方ないなァ」

 

シカオはクマの傍に寄り

ペロペロと長い舌で

その涙顔をなめてやる。

 

「クウウーッ ママッ」

 

と甘えた声を出してすがってくる

黒くでっかい塊。

6台のパトカーと

猟友会のライフル銃を持った

オジサン10名ほどを

満載したトラックが

サイレンの音と

ブレーキの音をたてて

コンビニの側面に横づけ。

 

ドキューン!!

ドキュキューン!!! 

 

警官の拳銃を含めれば

25丁の銃から一斉に銃弾の嵐が

2頭をめがけて発射される。

相手は人間だ。

17歳のバスジャック犯人であっても

19時間も射殺することなく

説得を続ける警察も

相手がケダモノとなると容赦なし。

いきなりの射殺命令である。

 

ビシュッー! ブシャーッ!!! 

 

銃弾で射抜かれた壁面の

缶ジュースやビール缶から

シャワーのように飲料が飛び散る。

2匹は一瞬体を固くしたが

次の瞬間

 

ドカーン

 

と一緒に

店の裏側の倉庫に

体当たりで突入。

さらに

 

ドカーン

 

と裏の壁をブチ破り

外へ飛び出す。

 

「逃げなければ・・! 」

 

お互い心で目配せする。

 

ドキューンドキューン 

 

店の表から銃を乱射しながら

警官たちが店内に入っていく。

2頭は裏側から

店の脇へそろそろとまわり

表の様子を伺う。

 

「おーい 消えちまったぞォ!」

 

「裏へ全員突入だーっ!

 ゆっくり行けー!!

 お互い誤射せぬよう

 注意しろーッ!」

 

硝煙で一寸先も見えぬ店内で

声を掛け合っている。

 

幸い表の車には

2、3人のドライバーしか

残っていない。

クマとシカは

キラリと光る目で

目配せした。

そして、行動にうつした。

見事としか言いようのない

チームプレイであった。

素晴らしい成果とも言えた。

 

ドカーン 

ドコーン 

 

シカとクマは、表に駐車された

6台のパトカーとトラックに

体当たり。

まぁ〜殆どクマくんが体当たりして

シカは思いっきり後足で

車のフロントガラスや

側面ガラスを蹴破り続けた。

殆どの車にダメージを与えて

2頭はあらん限りの全力疾走で

肩を並べ逃げて逃げて逃げ切った。

 

2頭の去った後には

横転したパトカー4台。

完全に天地逆になって

クルクルとまわる車輪を

空に向けているのが2台。

トラックもメチャクチャに破滅。

勿論、ガラス窓は壊れ

失神した運転手が

3人大地に投げ出され

うめいていた。

 

 

ドキューン 

ドキューン 

 

遥か彼方に逃げ去る

2頭に向かって

ライフルが撃たれたが

あとの祭り。

追撃する足を持たぬ警官と

猟友会の男性が

口惜しさと怒りで

身を震わすばかりであった。

 

120%全壊したコンビニの中で

コーラの缶を耳に当て

 

「助けて・・早く来て・・」

 

と震え泣いている店員は

もう完全にオカシイ人になっていた。

30分以上

2頭は全力で走った。

山奥へ向かい

ひたすら走り続けた。

 

初夏の山麓

ひんやりとした樹林の中で

2頭は体を休めていた。

陽はとっぷりと暮れ

中天には

美しい三日月がかかっている。

細い日の光を浴びながら

2匹は下に生える草の中で

横になっていた。

ここまで来ればもう安心。

懸命の逃走

しかも慣れなぬ固い舗装道路を

走ったりしたので

ヒズメは割れ

先は固く腫れあがっている。

 

「いやぁ〜

 命あってのものダネだが・・

 ヒドイ一日だった・・」

 

ペロペロ舌で脚をなめつつ

シカオは今日を思い起こしていた。

 

「仲間と新芽を楽しく食べてりゃ

 こんな目に合わなかった。

 欲に目がくらんだばっかりになァ・・

 ひとつ間違えば

 今頃は銃弾浴びて

 この世を去っていたかもなァ・・

 しかも

 すき焼きなんぞにされてたかも・・」

 

フーッとため息をつく。

 

「クウウーン」

 

甘ったれた声をあげて

小グマとは思えぬ巨大なクマが

すり寄ってくるや

大きな爪の手のひらから

ポロリと3粒ばかりのなにかを

シカオの舌へ落とした。

「シャリッ」とそれを噛むと

ジーンと口の中にホロ苦さと

たまらぬ甘みが輪となって

拡がっていく。

 

「ネ・ネコヤナギの美味だあーっ!!!

 なんてやつだ・・こいつ。

 俺の楽しみを

 ちゃ〜んと知ってたのかァ・・」

 

「クウウーン ママッ!!!」

 

と甘えながら、また左掌からバラバラッと

4粒ばかりのネコヤナギを

大事そうにシカオに差し出すクマ。

 

「しょうがないなァ・・こいつ・・

 よっしゃあ〜

 こんな美味の贈物もらっちゃあ

 お礼しなくっちゃなァ・・

 おまえの母ちゃん捜してやるよ。

 まかせとけっ」

 

舌でネコヤナギを口の中へ巻き込み

だらしなくもヨダレをたらしてしまう。

 

 「グオオーン」

 

嬉しそうに幼いクマが体をぶつけてくる。

 

「ウワーッたまらん!!!

 やめろよォ〜!!!!!!」

 

子グマはシカオが親代わりと思い

甘えてくるのだが、大きな力士が

 

「好きだっ!!!」

 

と、思いっきり

抱きついてくるようなものだ。

 

楽しいが、とても怖い

つぶされるかと焦る。

 

2匹の悲鳴と甘え声が

夜遅くまで林の中にコダマする

五月の爽やかな夜。

 

静岡県の中央部、妻恋の里。

2頭が戯れあう山の中の脇には

ヤマハの大きな森林パーク

リゾート場の施設があり

そこから100m程先の山麓を

突っ切るように

最終の新幹線“ひかり”が

ヒカリの塊となって

矢のように突っ切る。

 

そんな風景を三日月が

柔らかい光で照らしていた。

ホップ♪

ステップ♪

ジャーンプ♪

 

軽快に前足ピョーン後足ピョーン

踊るシカオには

時を奏でる空の音は

聞こえない。

座布団を並べたような

雲が浮かびいい香りの風が

そよそよと吹いている。

 

シカオは

 

「スーハー スーハー」

 

と深呼吸をしながら

濃いピンク色の

ツツジの花飾りをつけた岩に

頭や体をこすりつけている

クマコを見て仰天し

前足の着地に失敗して

柔らかい草の中に

顔から突っ込んだ。

草の匂いに誘われて

ついついそのまま

寝転びたいところだったが

目の前で気持ちよさそうに

スリスリしているクマコに

早く言わなくっちゃあーと

震える足を落ち着かせながら

ブルブルブルブルっと

立ち上がり

 

「ヨイショーヨイショー」

 

と掛け声をかけながら

恐る恐るクマコに

近づいていった。

 

自分のスタイルや

佇まいを重視するシカオにとって

どーしても我慢できないことだった。

 

「ウワッ!

 ヤッパリ!

 ク・ク・クマコちゃん!

 髪型が乱れに乱れきっているよォー!

 ウワーッ!

 マズイよマズイよ、それは!

 ま・真ん中分けになってるよォー!」

 

お気に入りの

岩や木を見つけると

頭や体をこすりつける

クセがあるクマコは

ただいまウットリ

ホンワカな気分の中。

シカオの小刻みに揺れる

足の震えは

細い木を揺らし

まるでシカオの

バックダンサーのようだ。

観客はクマコ一匹の

ショータイムかのようでもある。

シカオはクマコの顔をジッと見た。

 

「ワ〜ワ〜ワ〜‼︎」

 

どんなにシカオが叫んでも

クマコは右目でチラッ

左目でチラッと

シカオの様子を見ては

 

「ハフ〜ハフ〜」

 

と気持ちいい深呼吸の連続。

 

「ねぇねぇ〜

 そんなことしている

 場合じゃないでしょ。

 ねぇ〜クマさん!クマさん!!

 髪の毛が真ん中分けに

 なってるちゅうのォ!!」

 

あまりにもうるさいシカオに

クマコは仕方なく

両目をうっすらと開け

 

「ま〜んなかわけが〜

 ど〜したのよォ〜!!」

 

と大あくびをしながら応えた。

 

しばらく雨が降っていないのか

地面には水たまりが

ひとつもない。

シカオはグルッと辺りを見回した。

 

「ん〜ん〜」

 

唸りながら、枝のように分かれた角を

カチカチ鳴らして、なんとかクマコに

真ん中分けのみっともない髪型を見せて

自覚させる方法はないかと考えていた。

 

「クマさん!

 そこにジッとしててよ」

 

シカオは草をムシャムシャむしり

地面にクマコの顔を角で描き始めた。

生まれて初めてのお絵かきは

シカオ自身何を描いたのか

わからないほどのお粗末さ。

 

「これ〜な〜に〜?」

 

首をかしげ

シカオの描いた絵を見るクマコ。

 

シカオは堂々と答えた。

 

「これがクマさんの

 今の髪型だよ!

 こんな感じで真ん中分けに

 なっているんだよ。

 ここの部分が分け目でさ。

 恥ずかしいでしょ!」

 

シカオは説明するのに

気を取られていて

クマコを見ていない。

なんといっても

自分でもなにを描いたのか

わからない絵だけに

オーケステラの指揮者のように

全身を動かしてクマコに伝えようと

必死なわけだ。

 

「この部分が分け目・・

 だからさ真ん中わけなんだよ」

 

シカオは横目でクマコを見た。

「ワッ!

 なんでなんで!

 どうして鏡持ってるの!?」

 

「鏡が必要なら

 聞いてくれればいいのにさぁ〜」

 

クマコは丸い形をした鏡に

自分の顔を写しながら

 

「なんでマズイのかな〜

 真ん中わけが!」

 

クマコにとっては

さほど乱れていない髪を

長い爪で整えていた。

もちろん、真ん中わけのままで。

 

「ねぇーねぇーなんで鏡持ってるの?」

 

「去年、ママと散歩をしていた時

 葉っぱの間に

 ピカピか光っているものを

 見つけたんだ。

 最初は朝露かな・・水たまりかな・・

 と思っていたんだけど

 すっごくきれいだったから

 ママといっしょに

 キラキラに近づいたら

 鏡だったんだ。

 ほらッ!

 こうやって月を写すと

 鏡の中にある月も

 きれいなんだよ」

 

「ほんとだぁ〜!

 鏡の中の月も

 きれいだなぁ〜!」

 

シカオは

自分が描いた絵のことは忘れ

うっとりしながら鏡の中の月を

クマコと一緒に見つめていた。

 

「水に写る月は

 何度も見たことあるよ。

 ユラユラしているから

 月の形がいろいろ変わって

 面白くって

 ズーッと見てることもあるんだ」

 

クマコはシカオの体に

スリスリしながら

 

「叫んだり寝転んだり

 バタバタしている性格なのにィ〜!?」

 

「あるんだよ!

 寝転んだりして

 リラックスしている時にさ」

 

かなりマジ顔のシカオ。

 

「鏡に写る月って、月が

 すごく近くにいるみたいでしょ?」

 

シカオはまるで

クマコの顔に合わせたような

まん丸な鏡をしっかり持ち直した。

 

シカオはすっかり

クマコのペースに乗せられ

鏡に写る月を

しばらくふたりで眺めていた。

クマコの真ん中分けに

怯えていたシカオだったが

優しい風が

そんなシカオの怯えた気持ちを

どこかの谷に運んでいったか

シカオの心もあたりも静かだった。

 

「満月が見たい!」

 

シカオの叫びが始まった。

スクッと立ち上がり

足踏みしながら

 

「バッチリきれいな満月を

 鏡に写して見たい!」

 

クマコは

ゆっくりと空を見上げながら

 

「あと10日で満月だよ」

 

シカオはよろけて

 

「あと10日もあるの〜!!」

 

シカオはポンと飛んで

クマコの真正面に立ち

さらに大きな声で叫んだ。

 

「ということは・・

 あと10日もクマさんと

 一緒にいないといけないわけ!!

 そりゃ〜勘弁だぁ!!

 絶対こっちが

 参っちゃうぞォ~!

 鏡を奪って

 スタコラ逃げるとしよ〜かなぁ〜」

 

おっとっとっ〜と

慣れないつま先で歩きながら

クマコに近づいた。

鼻の穴を広げ

前足で地面をガツンと叩いた。

バリバリベリベリとなにかを破る音。

 

「しまった!」

 

シカオはクマコに

心を見透かされたと思い

ドッキ〜ンとした。

 

「なんで新しい歯ブラシ持ってるの?」

 

次から次へと出てくる

クマコの持ちもの。

 

「さっきコンビニで

 もらってきちゃったんだ。

 これすごくいいんだよ〜」

 

と言いながら

クマコは鏡を地面に放り出した。

 

「いっただきィ〜!」

 

と、シカオは鏡をソーッと

足で自分の方に引き寄せた。

そのまま逃げたいところだったが

歯ブラシのことが

気になって仕方がない。

 

「ゲェ〜!

 耳のそうじに使うのか〜!

 どんな感じ?

 どんな感じ?」

 

まったく相手にされなくなった鏡には

クマコのところから

しっかり月が写っているのが見えた。

不思議な月見の夜の耳そうじは

格別な心地よさ。

 

「柔らかめの毛のほうが

 気持ちいいんだけど

 耳のそうじとなると

 固めの毛のほうが

 ゴミやほこりがとれるんだ。

 でもこれは柔らかめと固めの間の

 ふつうっていう毛なんだ。

 ん〜・・

 柔らかめの毛よりは

 気持ちよくないな〜」

 

ポリポリジャリジャリと

耳そうじをするクマコを見つつ

シカオは鏡を目の前まで

引き寄せるのに成功した。

「耳そうじはやったことないのォ〜?」

 

またまたドッキーン!

シカオは鏡を持って逃げるどころか

ちゃっかりクマコの前に座り

右の耳を突き出した。

 

「ないないない!

 耳そうじやってみたい!

 やってほしい!

 やって!

 やって〜!!!」

 

シカオの耳のくぼみやふちを

丁寧にそうじするクマコ。

シカオの右耳からは

葉っぱの欠片や

なにやらわからない実まで

がポロポロととれる。

 

「ヒャッヒャッヒャッー!

 メチャクチャくすぐったいけど

 メチャクチャ気持ちいいよォ~!」

 

シカオは初めての耳そうじに大感激。

シカオにとって耳そうじは

今日の二度目の初体験。

耳をパタパタさせて

左耳のお手入れのおねだり。

 

「ヒリヒリしてきたけど気持ちいい〜!」

 

シカオはお手入れしたばかりの耳を

ピタッと揃えて

ピッと前に向けてみた。 

 

「風の音が細くなったぞォ~!」

 

耳をあちらこちらに回して

いろんな音を聞いてみた。

 

雲のふくらむ音

木の根っこの伸びる音。

今まで聞いたことのない音に

シカオは興奮していた。

 

「耳の中がスカスカして

 いろいろな音が聞こえるよ!

 ミー♪ソー♪ラー♪って

 発声練習しているヤツがいる」

 

「あーそれはスズメだよ。

 レー♪ファー♪ラー♪なら

 カラスだけどね」

 

シカオはスズメと一緒に歌い出した。

頭を上に向けて

 

「ミー♪ソー♪ラー♪」

 

と愉快な気分。

 

「ヒャ〜楽しいなァ~耳そうじー♪」

 

と言いながら

ポーンと飛んで着地したシカオの頭は

しばらく地面に釘づけ。

鏡の前に

運良くか運悪くか止まったからだ。

鏡は石を枕にして

シカオからクマコを見るには

絶妙な角度になっていた。

 

「ワ~!忘れてたよォ~クマさん!

 真ん中分けはマズイから

 直したほうがいいよォ~!

 はやくゥ~!はやくゥ~!」

 

「だからさァ~なんでマズイのォ~!」

 

「だってさァ~野生の動物は

 オールバックに決まってるんだよ。

 真ん中分けは

 人間に飼われているヤツらだけだよ。

 真ん中分けにされて

 リボンかなんかつけている

 犬とか猫とか見たことない?

 あんなみっともない姿ったらないよ。

 もう~アイツらは

 プライド失っちゃってるよ」

 

鼻の頭にシワをよせながらシカオは叫ぶ。

「ん〜ん〜」

 

と唸りながらクマコは鏡を見た。

 

「オールバックにならないんだ・・」

 

とポツリ。

 

「なんでェ〜!

 自慢の爪でヒョイヒョイって

 頭を後ろになでれば

 オールバックになるから

 やってみなよ」

 

クマコは爪で髪の毛を

前から後ろに何度もなでてみた。

 

「ねっ!

 オールバックにならないでしょ!」

 

シカオは自分の爪で

クマコの頭を

前から後ろになでてみた。

 

「なんでだぁ〜?」

 

シカオはしつこいくらい

クマコの頭を前から後ろになで続けた。

 

「これ、ママのクセなんだよ。

 生まれた時から

 ママが真ん中から左右に

 なでてくれていたから

 真ん中に分け目がついちゃったんだ」

 

「野生はオールバックだぁ〜!」

 

相変わらず叫びまくる

シカオを見ていたククマコは

 

「真ん中に分けも

 なかなかいいもんだよ」

 

くるっとシカオを振り返った。

クマコの左右の耳の上には

ツツジの花がついていた。

 

「なるほど〜・・

 野生の動物には

 野生の花が似合うんだな〜。

 真ん中分けが

 かっこよく見えるよォ〜!

 やってみようかなぁ〜真ん中分け」

 

その気になるのに時間のかからない

単純なシカオは、鏡を見ながら

きっちりとした真ん中分けをつくり

照れることなくツツジの花をつけた。

 

シカオとクマコのまわりでは

風も空も花も

永遠の輪になって座っていた。

 

クマコと別れて5日後の月の綺麗な夜。

シカオはなんと!

茨城の大洗海岸の砂浜に立っていた。

クマコとの別れが

あまりにも寂しく切なすぎて

故郷の山を胸に抱きつつ

海を見にやってきた・・などという

ロマンティックな心境とは

まったく違う。

クマコとの長い道中で

シカオは上り坂を見るだけで

頭がクラクラするほど疲れていた。

心も体もかなりお疲れ気味。

どこをどうやって歩いたのか

あてもなくとにかく下り

あてもなくとにかく歩いた。

400km近く彷徨い歩いた

挙げ句の果ての大洗である。

海は生き物の存在を

消してしまうほど静かだった。

月明かりにキラキラと

波は輝いていたが

シカオはどこか

ボンヤリとしていた。

波打ち際までゆっくり歩き

足元では波が好きなように

遊んでいた。

天頂に輝く七つの星。

おおくま座の北斗七星が

そんなシカオを優しく見つめていた。

一見心打たれるシーンではあるが

シカオの胸中とは大違い。

幻想の中で

蝋で作られたとは知らず

デコレーションケーキに

ガブリとかぶりつき

オエーッとなっていた。

青葉の上を吹き渡っていく

爽やかな風は

5月でも夜は少々冷たく感じる。

ましてや海の水はまだ冷たく

心地よく感じるわけがない。

それに加えて“今日は今日の風が吹く”

という生き方がモットーのシカオは

 

「ゲエーッ!

  海の水は冷たいな〜。

 こりゃ〜風邪ひいちゃうぞォ〜」

 

ぐらいしか考えていない。

 

周りには民家がポツンポツンと

点在している程度。

どの家の灯りも呼吸を止めている。

 

シカオは空を見上げ、夜明けまでは

まだまだ時間があることを確かめて

浜辺で少し眠ることにした。

 

シカオが体を休めるには

十分な寝床となる草が生い茂る。

近くには背の低い木も立っていた。

シカオはお気に入りの場所を

探すというような繊細さはまったくない。

最初に出会った草むらにバタンキュー。

それでも薄らぐ意識の中で

幻の恋人に話しかけた。

 

「シカコちゃ〜ん♡おやすみぃ〜♡」

 

数秒でシカオは夢の中。

 

クマコではないメスグマが

シカオを引っ張って歩く。

メスグマのつぶらな2つの瞳は

まっすぐシカオを見つめながら呟いた。

 

「もうあなたは

 シカでいなくていいのよ」

 

メスグマはどんどん歩いていった。

シカオは置いていかれちゃ大変

という思いで、一生懸命

メスグマの後をついていった。

急に目の前が開けたかと思うと

大きな洞窟の穴が現れた。

 

「ここだぁ〜!」

 

シカオは叫びながら

洞窟の中に飛び込んだ。

 

メスグマはほほ笑んで

手招きしている。

シカオは絶対に

置いていかれたくなかったので

メスグマを追いかけるのに

必死だった。

自分の足で歩いているのに

まるで乗物に乗っているような

ふわふわとした感じで歩いていた。

 

洞窟の中の空間は

ずって以前から

知っていたような感覚だった。

言わばデジャブー(既視感)かもしれない。

いつの間にかメスグマの姿を見失った。

 

シカオは走りだす。

息が切れそうになった時

遠くにメスグマを見つけ

ありったけの力を振り絞って

全速力で走り

メスグマに飛びついた。

 

その瞬間

シカオはクマになっていた。

 

「シカに馴染めなかったのは

 クマだったからかぁ〜・・・」

 

シカオは妙にホッとして

 

「あははははは〜」

 

と、甲高く笑った。

とても大きく大きく笑った。

 

煌々とした眩しい光が

突然シカオを照らしだす。

シカオは夢心地で目を開けた。

いろいろな色の光が

敷きつめられたような草むらが

ぼんやりと映し出された。

 

「やっぱり夢の中の

 草むらは綺麗な色だなぁ〜」

 

シカオは見事な色に酔いしれた。

 

「バターンバターン」

 

けたたましい音に

シカオの目もパッチリ開いた。

 

ザブーンという波の音。

浜辺で寝ていたことを思い出した。

シカオは改めて自分の体を見た。

 

「・・なんだぁ〜よかったァ〜・・・

 シカだ!!!

 クマなんて冗談じゃないよ」

 

スクッと立ち上がったシカオは

ビックリした。

 

黒色のデッカイ四輪駆動車の顔と

ご対面してしまった。

「なんでこんな夜中に

 海に遊びに来るヤツが

 いるんだよォ〜!

 泳ぐのにはまだ早いって

 いうのにさァ〜」

 

シカオは近くにある

木の後ろに隠れた。

角を隠すには幅は十分だが

高さが低すぎる。

仕方なく、これ以上曲がらない

というほどに首を横に傾け

木の間から様子を見ていた。

 

車内からラジオの音が

大きく流れている。

暗いので男か女か

はっきりとはわからなかったが

人影は2人。

そのうちシカオには

2人が抱き合っているように見えた。

 

「オウオウ〜!

 恋人同士のラブ♡ラブ♡デート

 ですかぁ〜まぁ楽しいことでしょ〜」

 

それにしてはど〜も様子がおかしい。

1人が倒れたり起きたりしている。

 

「わっ!

 喧嘩だぁー!

 やれやれー!

 パンチパンチ!

 アッパーカットッ!」

 

首を横に傾けながら

足をバタバタさせている

シカオの様子は滑稽そのものだ。

 

パンチを連打され

倒れた1人が起き上がらない。

殴っていたヤツはケリを3発いれて

その場を走り去っていく。

 

シカオはソォ〜ッと

木の上に顔を出した。

 

「カンカンカンカンカーン!

 勝負あり!

 ほんとだらしないよなぁ〜こいつは。

 結局一発のパンチ反撃も

 できなかったもんなぁ〜。

 プハ〜〜〜中途半端なところで

 起こされちゃったなぁ。

 こんなところで寝てたら

 今度はこっちが危ないからなァ〜」

 

シカオは思いっきり伸びをして

空を見上げた。

 

再び静寂を取り戻した浜辺には

ラジオの音が大音響で異様に響いていた。

シカオは耳がピンと立ち

ラジオから流れ出る声に

釘付けになった。

 

「今日、恵那山近くの里山に

 子グマが現れたそうですよ」

 

「子グマですかぁ〜!

 恵那山にもクマが

 生息していたんですね」

 

「なんでも人家の近くまで

 逃げたそうなので

 子グマを捕獲するために

 警察と猟友会が動いているそうです。

 その子グマ、頭の真ん中に

 分け目のような筋が

 一本入っているとかで

 これは珍しいということで

 殺さないで捕まえようと

 しているらしいですよ」

 

「子グマも一生懸命

 生きているのですからね。

 殺したら可哀想ですね。

 うまく捕獲できるといいですね」

 

「ではこの辺で曲をかけましょ〜。

 ジョン・レノンの♪マザー♪

 を聞いてくださ〜い」

 

「頭の真ん中に

 分け目のような筋だってぇ・・

 あのアホグマ!

 もう迷子になったのかぁ〜。

 ママに会えて2日目で

 またはぐれちゃったのかよぉ〜」

 

シカオには

波打ち際で倒れている人と

クマ子がダブって見えた。

なんの迷いもなく

シカオは恵那山に行くことに決めた。

方向はまったくわからず

道に迷いそうだと思いつつも・・。

 

高尾山、甲斐駒ケ岳

木曽駒ケ岳を越え

3日目に恵那山に

ようやく辿り着いた。

シカオは恵那峡を見ながら

途方に暮れた。

 

「クマさんは

 捕まっちゃったのかなぁ〜・・

 それともこの恵那山のどこかに

 いるのかな〜・・。

 ここじゃあ〜アイツも

 食べるものないだろうしなぁー・・」

 

3日間の強行軍は厳しく

まずは体をゆったりと

休める場所を探した。

考えてみれば、日本地図の真ん中を

3日間も歩き回っている。

恵那山は大小さまざまな岩が

たくさんある。

薄暗い林の中で

シカオは人間に見つからないように

休める場所を探すのには

苦労はしなかった。

夕暮れ間近。 

 

「ひとまず、この岩の後ろで

 寝るとしよう。

 これからクマさんを

 どこに探すか

 明日考えよ〜っと」

 

シカオはペタンと座り

風の中にクマコの匂いを

探していた。

 

シカオが夢の中に入るのには

さほど時間はかからなかった。

それほどシカオは極限まで

疲れきっていた。

 

「なんですか〜!

 あのピカピカ光っている

 2本の棒みたいなものは〜!」

 

「なんですかねぇ〜・・

 本当にピカピカして綺麗ですね。

 車の中にいるヤツも呼んできますよ」

 

シカオが選んだ岩は

実は多くの人間が興味を抱いている

逆三角形の形の岩だった。

その名も“ピラミット岩”

高さはあるが幅はそれほどない。

シカオはそこを見逃したのか

三角形の一片の

真ん中あたりの部分から

角がニョキっと出ていた。

3日前にいた砂浜の砂が

まだ角についていたので

角度によっては

角がピカピカと光って見える。

 

「やはりこの岩は

 ただの岩じゃないですね。

 昨日はあの角みたいなものは

 なかったですよ。

 急に岩から生えたのでしょうか」

 

「もう少し近づいてみましょう」

 

「大丈夫ですか~? 

 祟りでもあったら

 恐ろしいですよ」

 

パチパチと写真をとりながら

男4人がそろりそろりと近づいた。

一番興奮していた男が

岩の後ろにまわった。

 

「オワッ!

 シカだ!!!

 なんでこんなところに

 シカがいるんだ~!」

 

「えっ!

 シカですかぁ~!」

 

バタバタと他の人も

岩の後ろにまわった。

 

シカオは物音でハッと目を開け

ビックリ!

カメラを持った男が4人も

自分の目の前にいる。

 

「こ・・ここで慌てちゃいかん・・

 な・・なにごともないふりしてぇ・・

 気合いで去るしかないか・・」

 

シカオは慌てず

優雅にスクッと立ち上がり

パタパタパターっとその場を去った。

 

残された男4人は

呆気にとられていた。

「ただのシカですよねぇ・・」

 

「スーッと行っちゃいましたねぇ・・」

 

「いや・・あれは神様だな・・

 角を見ただろう。

 ピカピカ光っていたじゃないか。

 それに俺たち人間を見ても

 まったく慌てなかったじゃないか」

 

「神様ですかぁ?

 確かに角は光ってましたけどね。

 ただのシカですよ。

 去り方は優雅でしたけどね」

 

シカオは

人間が見えなくなったことを確かめて

ヘタヘタヘターっと座り込んだ。

我ながら動ぜぬ抜群の演技に

惚れぼれしていたその時

 

「バキューン」

 

という銃声が一発

風に乗って遠くの方から聞こえた。

 

シカオは全速力で

音が鳴り響いた方向に走った。

なんとそこでは

クマコが大暴れしていた。

 

「わっ!

 やっぱり、あのクマさんだ!」

 

クマコはもう手当たり次第

人間に木を投げつけていた。

 

随分前に同じシーンを見た。

その姿は、あの時

コンビニエンスストアーで

大暴れしていた時と同じだ。

 

「ああ・・アホグマ!

 銃をもってるんだぜぇ〜相手は!

 巨体でも勝てないぞ〜!! 

 バカやってないで逃げろチュ〜の!!!」

 

そうは思ってもシカオの思いが

クマコに届くわけがない。

シカオは力一杯岩の陰から叫んだ。

 

「クマさん〜〜!

 逃げろォ〜〜〜!!!」

 

クマコの動きがピタッと止まった。

体中がブルブルっと喜びに震え

ドドーっとシカオに向かって走り出した。

 

「ワ〜ワ〜!

 くるな!

 くるなってぇ!

 こっちにくるなよォ〜!!!」

 

クマコがシカオに

抱きつこうとした瞬間

 

「バキューンバキューン」

 

と銃声が響き渡り

シカオとクマコは

バターンとその場に倒れた。

その銃声を聞いて

先ほどの男4人も

その場に駆けつけた。

 

「クマだけかと思ったら

 恵那山にはシカも

 棲息していたんですね。

 一緒に檻にいれたら

 シカが食べられてしまうかも

 しれないからなぁ。

 別々の檻に入れて運ぶか」

 

「ちょっと待った!」

 

と叫んだのは男4人のうちのひとり。

 

「やっぱねぇ〜このシカは

 神様かもしれないから

 丁寧に扱えよ!」

 

「神様ぁー?

 なんでこのシカが

 神様なんですかぁ〜?」

 

「見ろよ、角を!

 ピカピカ光っているだろう」

 

「確かに・・光ってますね・・

 まっ日も暮れますから

 檻に入れますよ。

 明日神様かどうか

 確かめに来てくださいよ」

 

警察も猟友会の人たちも

クマコに振り回されて

どうやらかなりのお疲れ気味。

シカオを神様と

信じ込んでいる男たちは

しぶしぶ帰って行った。

シカオは眩しい太陽の光に

起こされた。

 

「生きてたぁ〜〜!」

 

頭上では人間の声がうるさかったので

まだ寝ているふりをした。

 

「角が光って見えたのは

 角についている砂のせいですよ。

 山の土ではないような・・

 どこから来たのでしょう。

 海の砂のような感じもしますけど・・」

 

「それにこのクマ。

 別に珍しくないですよ。

 この真ん中の筋は

 傷跡かなにかでしょう。

 2頭とも普通のシカとクマですよ」

 

人間が思うことはそんなものだ。

 

立ち去る人間の足音が

遠くになるのを確認してから

片目を開けた。

人間の姿はない。

シカオはクマコを呼んだ。

 

「クマさん!

 クマさん!

 起きろよ!」

 

クマコはゆっくりと目を開けた。

その目にシカオが写ると

クマコは檻をガタガタと震わせた。

 

「クマさん!

 落ち着けよ!

 人間に捕まっているんだから!

 また、真剣に逃げる方法を

 考えなくっちゃ」

 

クマコはシカオの言葉を聞いていない。

早くシカオに抱きつきたくて

檻をバリバリと壊し

シカオの檻の中に入っていった。

 

「ウォーオーオーン」

 

クマコはシカオに

思いっきり抱きついた。

 

「うわぁ〜!

 今度は本当に殺されるぅー!

 クマさ〜〜ん!

 少し力を緩めてくれェ〜!」

 

クマコはハッとして力を緩めた。

 

「それよりクマさん!

 なんでこんなところに

 いるんだぁー?

 ママはどこ?」

 

「ママと帰りながら

 迷子になっていたことを話したら

 “歯ブラシをシカさんにあげてきなさい”

 って言われて・・

 ママを待たせてシカさんを

 探しに行ったら見つからなくて・・

 諦めてママのところに

 戻ろうとしたら

 ママも見つからなくなっちゃって・・」

 

ひとりで寂しくて

怖い数日間を思い出したか

クマコはウォーンウォーン

大きい声で泣き出した。

 

その声に驚いた人間が

檻を見に来た。

クマコとシカオが入っていた檻が

メチャクチャになっているどころか

クマとシカが仲良く

一つの檻の中にいた。

 

「うわぁー!

 なんだこりゃー!」 

「ん〜・・まっひとつの檻は

 メチャクチャですが

 もうひとつの檻に

 2頭入っていますから

 もうひとつ鍵をかければ

 逃げ出すことはないでしょう。

 それよりも

 引き取ってくれる動物園が

 あるかどうかですよねぇ」

 

「あなた!

 ずいぶん落ち着いていますけど

 シカとクマが

 一緒の檻の中にいることが

 不思議じゃないんですか?!

 しかもですよ〜

 抱き合っているように

 見えますよ」

 

「人間だって

 人種の違う人間同士が

 抱き合うじゃないですか。

 それと同じですよ」

 

「えっ?!

 人種の違いはあっても

 同じ人間でしょ。

 シカとクマは

 種類が違いますよ」

 

「同じことですよ」

 

「そうですかぁ・・・???」

 

シカオは人間の会話を聞いて

ビックリした。

 

「まさか!!」

 

と思って

自分の体をよ~く見た。

 

「あ~よかった!!!

 あの日に見た夢のように

 クマ種の違うクマになったのかと

 ビックリしたぁ~!

 細い足、茶色の毛なみ。

 うんうん、間違いなく俺は鹿だ!!」

 

隣でシカオにしっかり抱きついている

クマコを見つめ

 

「夜になったら逃げような。

 大丈夫だよ。ヨシヨシ」

 

「うん!!!」

 

元気に頷くクマコ。

 

ーーーーーーーー

 

コンビニでの出会いは

衝撃的かつ劇的な出会いだった

シカオとクマコ。

シカオはただ

ネコヤナギを求めて

歩いていただけ。

クマコは

ママとはぐれて

パニック状態。

そんな2人、いえ、2頭が

実は

赤い糸で結ばれていた

2頭だったのかもしれませんね。

 

その後、夜中に

脱出に成功した

シカオとクマコは

仲良く一緒に

暮らしているようです。

あなたの住む

近くの山で。

 

 

〈おわり〉


「シカオとクマコの愛の物語」を

お読み下さいまして

ありがとうございました。

 

お読みくださったあなたに

少しでも

勇気希望

お届けできたら嬉しいかぎりです。

 

 

   ~感謝を込めて~

 未来メディアアーティストMitsue